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転職は人生を左右する一大事。現在の勤務先を円満に退社し、新しい職場で活躍したい。しかし、現実にはそうではないケースが少なくない。いったいどこでボタンの掛け違いが生じるのか。転職でつまずかないためのコツを探った。

義理を考えずにあの時にスパッと辞めて転職しておけば

 「今の会社への義理などを考えずに、あの時にスパッと辞めて転職しておけばよかった」――大手IT企業のエンジニアである山田陽一氏(仮名)は、今でも7年前の転職活動を後悔している。

 当時、山田氏はIT関連のベンチャー企業から入社の誘いを受けていた。山田氏の技術力を高く評価したベンチャー企業は破格の条件を提示し、山田氏は勤務先の大手IT企業に辞表を提出済みだった。

 退社の意思を示した山田氏に勤務先の上司はこう懇願した。「あと1カ月すれば現在のプロジェクトが終わるので、それまで退社を待ってくれないか」。

 山田氏は上司の気持ちがよくわかった。できればプロジェクトを終わらせてからベンチャー企業に入社したい。そんな気持ちを話したところ、ベンチャー企業は山田氏の事情を酌んで1カ月後に入社することを了承してくれた。

 歯車が狂い始めたのは1カ月後、プロジェクトが予定通りに終わらなくなってからだ。山田氏は入社日を再度延期してもらった。しかし、それでもプロジェクトは終わらない。

 最終の仕事が終わらないため、さらに入社日を延ばしてもらうことを何度か繰り返すうちに、山田氏の技術力を高く評価し、強く入社を望んでいたベンチャー企業の熱意は徐々に冷めていった。最後は「内定はなかったことにしてほしい」と態度を変え、内定は白紙に戻されてしまった。

 山田氏はこう振り返る。「ベンチャー企業が高く評価してくれたため、甘えすぎていたと思う。いくら古巣から懇願されても、ドライに割り切ればよかった」。

 転職は人生を大きく変える。その転職で失敗することは許されない。しかし、現実には山田氏のようにつまずいてしまうケースも少なくない。転職を成功に導くにはどのような準備をし、どう臨むべきなのだろうか。

 ITエンジニアの転職相談に乗っているアデコの山口孝之コンサルタントは、「キャリア形成を図ることを考えず、軽い気持ちで転職を考えているITエンジニアが増加している」と指摘する。

 かつて人生の一大事と考えられていた転職が気軽にできるようになった背景には、IT業界で求人需要が急増していることがある。職種によって多少の差はあるとはいえ、SE(システムエンジニア)、プロジェクトマネジャー、コンサルタント、営業職といった職種の求人需要はうなぎ登り。

 中でも目立つのが組み込みソフト開発者に対するニーズの増加である。自動車やデジタル家電に組み込むソフトの量は急増している。それに伴って、組み込みソフト開発者の需給バランスは崩れ、売り手市場になっている。

 求人需要が好転していることに加え、転職に対する技術者の意識がここ数年間で大きく変わったことも拍車をかける。技術者の転職が本格化したのは2001年のこと。きっかけは、大手電機メーカーが導入した早期退職制度である。技術職の間でも人材の流動化が一気に進んだ。

ネットの情報を鵜呑み軽い気持ちで転職「そうじゃなかった」と後悔

 「ネット上にも転職情報があふれ、技術者にとって転職しやすい環境が整っている。それだけに軽い気持ちで転職する人が多くなっているが、後で転職を悔やむケースも増えている」(山口氏)。

 では、転職後に悔やまないようにするにはどうすべきか。山口氏は、長期的な視点に立ちキャリア形成を考えた転職活動をしているかどうか自問自答することを勧める。自己のキャリアに対して危機感を抱く欧米人は、キャリア設計の一環として転職を位置付けている。転職が気軽にできる時代になった今こそ、欧米人と同じようにキャリア形成を考える必要がある。

 具体的には、転職する動機をはっきりさせ、現在のスキルや経験を客観的に知ったうえで、転職の目的をはっきりさせることが不可欠だ。「現在、Webに関するスキルを身に付けたが、今後は金融システムの開発にそれを生かしたい。しかし、残念ながら現在の勤務先ではそれは難しい。だから転職する」というように、転職する目的を明確にしておかなければならない。

 気軽な転職の増加に警鐘を鳴らす専門家は山口氏に限らない。キャリアインキュベーションの荒井裕之社長もその一人である。「転職にはリスクが付き物。転職が気軽にできるようになった結果、転職に伴うリスクを考えない人が増えている」と荒井社長は話す。

 転職者を受け入れる企業は即戦力を求めて中途採用を実施する。中には、第二新卒といわれる20歳代を採用し、社内でスキルや経験を積ませ、長期的な視点に立って中途採用者の能力開発に取り組む企業もあるが、転職者は新入社員とは違って、即戦力として期待されていると認識しなければならない。このため、転職先では入社してから短期間で高い成果を上げる必要がある。荒井社長は「コアコンピタンス(核となる競争力)があるかどうかで企業が判断されるのと同じように、転職者にもコアコンピタンスが必要になる」と指摘する。

 転職希望者にとって、コアコンピタンスとはこれまで蓄積したスキルや経験である。情報処理技術者試験で取得した資格や有力ベンダーの資格、現在の勤務先で上げた成果などはコアコンピタンスを具体的に示すものである。転職希望者の中には、SEからコンサルタントに職種を変えたいために転職活動に取り組む人もいるが、そんな場合でもこれまでに取得した資格やSEの時に上げた成果は採用の決め手になる。

 もっとも、いくらスキルや経験が高くても、転職先で十分な成果を上げられないことも多々ある。転職先で配属される部門のミッションや目標の達成にスキルや能力が役立つものでなければ成果を上げることはできないし、部門の責任者やほかのメンバーとの人間関係に苦労するようでは自らの能力を十分に発揮することは不可能だ。

仕事の内容、給与…事前に詳細な確認せず転職後に実態を知って唖然

 転職を気軽に考えている人に比べ、転職に伴うリスクを十分に認識している人は失敗するケースは少ないといわれているが、それでも落とし穴はある。転職活動では複数の会社と接触し、その中のいくつかの会社から内定をもらうケースが少なくない。最終的に入社する会社を決めなければならないが、その際に仕事の内容か給与水準か勤務時間のどれを最も重視するかということを明確にしておかなかったために、転職後に「こんなはずじゃなかった」と悔やむことがよくある。

 理想の転職先は、自分が希望する仕事に就け、給与水準がよく、勤務時間が短くてプライベートの時間を持てる会社だろう。しかし、そんな三拍子揃った条件を提示できる会社は現実にはない。どれを優先するか転職先を選ぶ際にあらかじめ決めておくべきだ。例えば、キャリア形成の一環として転職を考えているのなら、仕事の内容と転職先での研修制度を最優先すべきで、勤務時間で判断すべきではない。こうした判断を的確に下すためには、もちろん転職先の実態を正確に把握しておくことが大前提になる。

 IT業界の転職事情に詳しいイムカの宮脇啓二シニアコンサルタントによると、ITエンジニアが転職後に「もう少し詳しく事前に調べておけばよかった」と思う情報は「仕事の内容」「給与・評価制度」「社風」「教育研修制度」の4つである。転職先での仕事の内容が自分のスキルや経験を超えるのであれば、転職後、相当の覚悟が必要になるし、転職後に給与・評価制度や教育研修制度に納得できないところが見つかると、勤労意欲に悪影響を及ぼす。社風が肌に合わないと毎日出社するのがいやになる。

 仕事の内容や給与・評価制度、教育研修制度について転職希望者が詳細な情報を得ていない背景には、詳しく聞くと人事担当者の心証を害し、内定取り消しになるのではないかという不安心理がある。しかし、それは杞憂だ。内定を得ると、買い手と売り手の立場は逆転する。入社前に明確にしておきたい情報を人事担当者に尋ねることは決して失礼ではない。

 人事担当者だけでなく、実際に働いている人の話を聞く努力もすべきだろう。職場の忙しさを推測するため、残業や休日出勤について人事担当者に尋ねても、間接部門を含む全社平均の数字を提示してくるかもしれない。しかし、現場で働いている同世代の話を直接聞けば、実情はかなり正確に把握できる。

 知人をたどって転職を検討している会社の同世代の人を見つけることもできるが、確実な方法は人事担当者に紹介してもらうことだ。内定を得た直後に、入社するという正式な返事をする前に会わせてほしいと要求すれば、人事担当者も嫌とは言いにくい。

 内状を知るには、新聞社や出版社、業界団体が主催する転職フェアも情報収集に役立つ。イムカの木下茂シニアコンサルタントは「大勢の転職希望者が出入りするのでいろいろ聞きやすいし、会社の雰囲気や社風も話すうちに把握できる」と話す。

 内定を出されると、応募した企業に対する期待感がややもすれば大きく膨らみがちだ。それ自体は悪いことではないが、そういう時こそ、仕事の内容、給与・評価制度、社風、教育研修制度を詳しく把握し、冷静に判断すべきだろう。