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米IBMと富士通の知的財産権紛争の全体像を解明すべく、日経コンピュータは取材を続け、「知的財産権」という新しい切り口を見出す。当時はまだ耳慣れない言葉であったが、コンピュータ産業とユーザーの双方に影響を及ぼすキーワードになった。二代目編集長として、この問題について自ら執筆した松崎稔氏が、当時の経緯を明らかにする。

 IBMと富士通、日立の秘密契約(和解契約とEI契約の対)のコピーを、日経コンピュータ編集部は86年春に手に入れた。この経緯は前回述べた通りである。このコピーのおかげもあり、紛争の全体的骨格を把握した上で、編集部の記者が取材できるようになった。にもかかわらず、当事者からの言質は依然として取れない。86年夏頃にはあせりとともに、この秘密契約のコピーをいつまでも公表しなくていいのかと自問する日々が続いた。雑誌編集の基本「専門分野の専門家に向け新鮮な情報を提供することで経済・産業の健全な発展に貢献する」に照らしてどうなのかと。

 メディアはもちろん、ユーザーに対しても当事者が情報を開示する気配がない中、関係記者の間でも「コピーを公表・掲載すべきだ」「するしかない」との声が高まってきた。ちょうどその頃、86年の8月末に、米国議会技術評価局(OTA)が86年4月に上下院に提出した「エレクトロニクス及び情報時代における知的財産権」と題する膨大なレポートの翻訳物を手にした。

 OTAは、知的財産権を広範囲にわたり柔軟・多角的にレポートしている。著作権について、作品を「芸術作品」「事実伝達作品」「機能作品」に分け、それぞれについてどの部分を著作権対象とするのか指針を示し、とりわけソフトのような機能作品では、アイデアと表現の境をどう考えるべきか、技術・産業発展の視点も含めてもっと議論する必要があるとしている。

知的財産権の枠組みの中で、EI契約のコピー開示を決断

 新鮮さとともに米国の懐の深さを実感させられた。考えてみればIBMと富士通、日立で問題となっている「指定プログラム」の問題も「EI契約」の問題も、当事者はその議論を避けたものの、本来的には知的財産権(著作権)をどこまで適用できるかが背景にある。知的財産権のあるべき姿を探るという大きな観点からEI契約を取り上げ、IBMと富士通、日立の間で何が問題になっているのか、具体的に報道することにした。そしてその中で、入手しているEI契約のコピーを開示することに決めた。

 おりしもIBMと日立の間において進められていたEIを巡る交渉は10月に終結した。日経コンピュータは間髪入れず、86年9月15日号に「日立、互換機路線堅持でIBMの「外部情報」にライセンス料支払い」を、86年11月24日号に「日立-IBM産業スパイ事件決着:巨額の解決一時金と外部仕様情報のライセンス料を支払う」を掲載した。

 この86年11月24日号には、「改めて問われる著作権法によるソフト保護」と題した、3部構成の大特集を掲載した。この中に、OTAレポート(著作権関連部分)の訳文も取り込んだ。ただ、入手している秘密コピーを雑誌に直接掲載することのリアクションを考え、EI契約のコピーそのものは86年11月10日に発行した別冊『IBM:90年代への戦略』中の記事「外部情報(EI)をめぐるIBMと富士通、日立の交渉」に掲載した。

当事者からの初めての声明発表を受け、区切りとなる集大成記事を掲載

 奇しくもこの11月24日号発行と相前後して、紛争・仲介の当事者であるAAAと富士通から同趣旨のコメントが公表された。AAAは11月19日付、富士通は12月15日付の発表であった。当事者がはじめてIBM-富士通間の和解契約とその後の紛争の存在を公式に認めたものである。両者のコメントは次の2点を明らかにした。

紛争の争点が(1)コンピュータ・ソフトウエアにおける著作権の保護の及ぶ範囲、並びにある種のソフトウエア情報をお互いに開示しなければならないという両当事者の義務についての、重要な法律上の、また事実に関する問題にかかわるものである。(2)また、83年に富士通とIBMとの間で締結された和解契約の契約解釈の問題にもかかわっている。

 いよいよ、和解契約のコピーも開示した上で上記争点の実態をより具体的に示し、秘密裡に進められてきたIBM・富士通紛争の全体像と問題の核心を読者に提示し、この問題に対する編集部としての決着をつける時がきた。IBM・富士通紛争の確定的で具体的な全体像解明に向けて続けてきた約1年間の取材努力の集大成を、私と福崎直明副編集長(現・QUICK取締役)の連名執筆のレポートという形で世に問うた。それが、87年1月19日号に載せた「富士通・IBM紛争の核心:ソフト保護の範囲と情報開示義務をめぐって争う」である。5ページからなるこのレポートは次のような書き出しで始まっている。

今回の声明で明らかにされた争点だけでも、ソフトウエア保護のあり方に関する重大な問題が2社間で争われており、この結果が今後のコンピュータ産業の発展に多大の影響を与えるものであることは明らかだ。にもかかわらず、秘密協定ということで今まで両社ともその詳細を一切明らかにしてこなかった。(中略)今回初めて当事者が声明を発表したのを機に、本誌が入手しているIBM・富士通ソフト秘密協定の全文を掲載し、併せて取材に基づく関連情報によってIBMと富士通/日立の係争の核心に迫ってみた。

(松崎稔=日経BPソフトプレス社長)

※この特別寄稿は書き下ろしの連載です。第4回は10月18日に公開予定です。

第1回・編集長に就任直後、「秘密契約」問題に遭遇

第2回・秘密契約書のコピーを入手、内容に驚愕