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「ぜひとも今日の取材に同行して下さい」
「何の取材?」
「来日しているOffice systemの責任者に会うのです」
「マイクロソフトのOffice?それならお任せするよ。関心がないから何を聞いていいか分からないし。そもそもOfficeを使ったことがないもので」
「IT担当の記者なのですから,そういうことを公言しないほうがいいですよ。わがままを言わずに騙されたと思って行きましょう。今やOfficeはシステムといっているわけで,エンタープライズ用ソフトです。だから,ご興味の対象と思います」
 
 ほぼ1カ月前の10月18日,ITpro編集部の後輩記者からこう諭され,このところめっきり重くなった腰を上げ,Office責任者の取材に付いていった。マイクロソフトを取材するのは久しぶりである。積極的に調べていたのは,Windows NTが日本企業に入り始めた頃だから,もう10年くらい前のことだ。米マイクロソフトの幹部を取材するのは7,8年ぶりと思われた。おそらく,Windows NTの開発責任者であったジム・オルチン氏に会った時以来ではないか。当時は,「マイクロソフトがエンタープライズ市場で成功するとは思えないが」といった主旨の質問ばかりしていた。

 これまでOfficeに関する取材はしたことがない。取材先に行く電車の中でふと気がついたが,Officeはおろか,1985年に記者になってから,パソコン用オフィス・ソフトの取材をしたことがない。さすがにそんなはずはないと思い,あれこれ考えてみた。ワードプロセサ・ソフト,表計算ソフト,プレゼンテーション・ソフト,パソコン用データベース・ソフト,どれ一つとして取材したことがない。

 そもそもこうしたソフトを使ったことがほとんどない。原稿の清書に使っているノート・パソコンには国産ワードプロセサ・ソフトが入れてあるが,いわゆるオフィス・ソフトの類はインストールされていない。表計算ソフトもプレゼンテーション・ソフトもない。使う必要がない,とうそぶいているが,正確に言うと使えない。

 事務所にあるデスクトップ・パソコンには,Officeがあらかじめインストールされていた。ただしOfficeを使うのは,寄稿者などから原稿を受け取って内容を確認する時だけである。WordやPowerPointのファイルで送ってくる人がいるからだ。原稿はすぐテキストファイルに変換してしまうし,PowerPointのファイルは図表を作成する制作部門に転送してしまう。まれに講演を依頼されるが,原則として手ぶらで行くので,PowerPointは使わない。21年間ずっと原稿書きの仕事をしており,管理職として予算を作る機会がないので,Excelも必要ない。

 以上のようなことをつらつらと考えているうちに,取材先に到着した。取材に応じてくれたのは,マイクロソフトのクリス・カポセラ氏である。質問はほとんど後輩記者がした。取材した結果は,『マスコミが報じない新Officeの狙い』という題名で公開されている。

 取材の感想を言うと,大変興味深く,勉強になった。ありがたかったのは,WordやExcel,PowerPointの話がほとんど出なかったことである。カポセラ氏が力説したのは,一体何を狙って開発したのか,なぜシステムと銘打ったか,といった製品コンセプトについてであった。製品コンセプトをまとめあげ,それをメッセージとして発信するのはもっとも重要だが,もっとも難しいことである。カポセラ氏の説明は平易で分かりやすかった。つまり巧みであった。勉強になったのは,その点である。

 脱線するが,2003年から2004年にかけて,新雑誌の開発を手掛けたことがある。その時,もっとも苦労したのは,「雑誌コンセプトをまとめあげ,それを平易で分かりやすいメッセージとして発信すること」であった。正直言って,結局うまく整理できなかったと反省している。そういえば,この時,生まれて初めてPowerPointを使って絵を描いた。新雑誌のコンセプトを説明するためであったが,一枚にまとめるのにこれまた苦労した。

 カポセラ氏の話を興味深く聞いたもう一つの理由は,話の大半がエンタープライズに関わっていたことだ。とりわけ印象に残ったのが,「企業のITマネジャ(情報システム担当者)たちのため」という言い方をカポセラ氏が何度かしたことである。若い社員はWeb関連の新しい技術を企業内においても使いたがる。しかし情報システム担当者としては,セキュリティや運用を考慮して及び腰になる。そこでOffice systemを使えば,若い社員が喜ぶ技術を企業内で使うことが可能になる,というストーリーである。本当にそうできるのかどうかは別として,メッセージは明確であった。

 ただ,カポセラ氏の流暢なスピーチをじっと聴いていると,なんとも言えない違和感を覚えてきた。インタビューの終わりのころ,その理由が分かったので,カポセラ氏にこう言った。「今日はマイクロソフトの幹部ではなく,IBMかSAPの幹部に会ったようでした」。

 これを聞いたカポセラ氏はがっかりした表情になった。そこで補足した。「そう思ったのは,今日の話題がエンタープライズ分野に終始し,情報システム担当者への貢献が語られたからです」。カポセラ氏が笑顔に戻ったので,質問を一つした。「ところでマイクロソフトはエンタープライズ分野のソフトを本当に提供できる企業になったのですか」。

 この質問に対してカポセラ氏はこれまた立て板に水といった調子で答えてくれたので,関心のある方はインタビュー本文を参照いただきたい。ちょっと面白かったのは,「マイクロソフトはシスコやSAP,オラクルと同様,エンタープライズ市場から信頼を勝ち得ている会社です」と語り,IBMを引き合いに出さなかったことだ。どうもIBMと一緒にしたことがお気に召さなかったらしい。

 取材が終わって事務所へ戻る電車の中で,後輩記者と話した。

「いかがでしたか」
「いや,来てよかったよ。とても面白かった。システムと言っている意味が遅まきながら分かったし。ところで,そのあたりのことってきちんと書かれているのかね」
「あまり書いていませんね。パソコン系のメディアは,パソコン・ソフトとしてのOfficeがどう変わるか,ということだけ追いますし。ITproはサーバー系製品群についても書いていますが,Exchangeがどう変わるか,といったように個別製品にフォーカスしてしまいますから」
「Office systemの全体像はきちんとまとめておいたほうがいいと思うね。マイクロソフト製品を使うかどうかは別として,彼らが何をやろうとしているか,それはなぜか,知っておく必要があるのでは」
「そう思います。ですから今日,来てもらったのです」
Enterprise Platformというサイトの中で,特別番組をやろうか。今日の話を聞く限り,エンタープライズのプラットフォームを提供すると言っているわけだから。ところでOffice systemっていつ正式発表になるの」
「11月のどこかでしょう」
「それじゃ,11月1日から特別番組を始めよう。あとは任せるから」
「.....あの,特別番組というからには,毎日最低一本は,新しい記事を公開しないといけません。準備が必要ですから11月1日から始めるのは無理です」
「じゃあ,11月のできる限り早い時期から開始ということで,よろしく」
「.....」
「昔からマイクロソフトは大きな構想を打ち出し,執拗にやり続けるけれど,実現までえらく時間がかかる。やり方はころころ変えるし。Office systemだって,どこまで使えるかまだ分からない。構想をきちんと伝える一方,使い物になるのかどうか検証したほうがいいと思うな。ユーザー企業やマイクロソフトの競合ソフト会社に寄稿してもらったらどうか。最初からは無理でも途中から,こうした寄稿を必ず入れて欲しい」
「.....」
「それから,特別番組を作るとなると,背骨となる大型の連載記事が不可欠。これを書けるのは君だけだ。頼むね」
「.....」

 かような経緯を経て,11月15日から始めたのが,『Enterprise Office』という特別番組である。この特別番組は,カポセラ氏のインタビューの帰り道以来,無口になったように見える中田敦記者が中心になって作っている。中田記者が執筆する大河連載の第2回目がこのほど公開されたので,ぜひご一読いただきたい。