プログラマやSEが営業の最前線に飛び出すケースが増えている。彼らの強みは,もちろん豊富なIT知識だ。しかし,それを前面に出し過ぎると,顧客の反感を買ってしまう。
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イラスト 野村 タケオ |
「もっと頭を使って効率的に営業してくれ。それができない営業担当者への支援活動は,今後やめさせてもらいたい」。ITサービス業であるA社でSE部隊を率いるTマネジャーは,強い口調でこう通告した。同社が今年7月に開催した「営業レビュー会議」でのことである。
特に槍玉にあがったのは,3カ月前にSE部門から営業部門に転属になったばかりのYさん(31歳)だ。「Y君が持ち込んでくる案件のためにデモやプレゼン資料を用意しても,受注につながった試しがない。こちらも少ない人数をやりくりして協力しているんだ」と,クレームをぶつけられた。
営業向きと見込まれた
A社は従来,受託開発や人材派遣をビジネスの中心にしていた。しかし近年,各種業務パッケージの販売やSI(システム・インテグレーション)サービスへと業容を拡大しつつある。そこで,技術者の教育プログラムを整備するとともに,営業体制の強化に力を入れている。その一環として,数年前からSEを営業部門に配置転換する取り組みを続けていた。
入社してから8年間,開発畑で社会人としての経験を積んだYさんも,今年4月に営業部門への異動を申し渡された。明るい性格で顧客の受けが良いことから,営業向きと見込まれたのだ。
といっても,開発一筋に歩んできたYさんにとって,営業は未知の世界。しばらくは決心がつかず,転職も考えた。しかし結局,「いろいろな職種を経験することは,将来必ずプラスになる」と思い直し,異動を受け入れたのだった。
「やるからには,自分でどこまでできるか挑戦してみよう」。決意を胸に営業活動に精を出すYさんだったが,わずか3カ月たったところで突き上げを食らってしまった。それも,古巣のSE部門からである。Yさんのショックは大きかった。自分を頭から否定されたような気がした。
確かに受注数が伸びないことは自覚していた。しかし,「まだ営業部門に来て日が浅いからな。これから調子が出てくるさ」と楽観的に構えて,さほど気にしていなかった。実は,この認識がそもそも間違っていた。Yさんの成約率が低い原因は,経験の少なさではなく営業スタイルそのものにあったのである。
顧客にIT知識を振りかざす
日々の営業活動を進めるうえでYさんが最大の武器にしていたのは,何といってもIT知識だ。「最新技術にこんなに通じているんだ」というところを見せれば,顧客の信頼を得られると考えていた。
そんなYさんだったから,顧客の担当者と技術論争になることもしばしば。時には自分の知識の多さをひけらかし,顧客を打ち負かして悦に入ってしまうこともあった。豊富なIT知識が自分の強みなのだから,それでいいと思っていた。
ところが,Tマネジャーの次のような指摘に,こうした自負はもろくも崩れ去った。「Y君の客先に同行して驚くのは,顧客との信頼関係ができていないことだ。顧客に聞く気がないのに我々SEが提案しても,契約が取れるわけがない」。Yさんは思わずうつむいた。どうやら自己アピールが行き過ぎた結果,顧客に信頼されるどころか煙たがられていたようだ。それに気付かず,得意気に知識自慢をしていた自分が恥ずかしくなった。
IT知識の生かし方に気付く
Tマネジャーの苦言はさらに続いた。「顧客ニーズもろくに把握しないままSEを引っ張り出すのは勘弁してくれ。ニーズが分からなければ,通り一遍のデモやプレゼンしか提供できない。それでは受注できないのは当然だし,無駄な労力を強いられることになる」。
言われてみれば,その通りだった。Yさんは,初めから売り込む製品やサービスを決め打ちしたうえで,顧客を訪問していたのだ。「顧客が何を求めているか聞いてから解決策を組み立てよう」などとは,考えたこともなかった。時間がもったいないように思えたからである。
それよりも,「百聞は一見にしかず」とばかりに,とにかくSEによるデモやプレゼンの機会を作ることを重視していた。製品やサービスが優れていれば,顧客は最終的には満足すると考えていた。
しかし実際は,競合他社に契約をさらわれてばかり。納得がいかず顧客に理由を尋ねると,「当社のビジネスをもっと理解してから提案してくれないとね」と,逆に不満を言われることも何度かあった。
会議室を出て自分の席に向かうYさんは,がっくりと肩を落としていた。今後,営業部門でやっていく自信を無くしかけていたのである。そんなYさんに声をかけたのは,他ならぬTマネジャーだった。「いろいろ注文をつけたが,君に期待しているからこそだということを分かって欲しい。営業経験しかない他の営業担当者に比べて,SE出身者ならではの強みがあることは確かだ。要は,その生かし方なんだよ」。
Tマネジャーの言葉は,Yさんの心に突き刺さった。IT知識に裏付けられた顧客アプローチは強力な武器だが,その使い方を誤るとかえって逆効果。顧客ばかりか社内の仲間の信頼を失うことに,Yさんはようやく気付いた。
Yさんの営業スタイルはこの日以来,ガラリと変わった。客先では,聞き役に徹するよう心がけている。根気よく何度も訪れるうちに,担当顧客が抱える問題点やニーズが見えてきたところだ。そろそろSE部門の協力を仰いで,具体的なシステム案を練ろうかと考えている。
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