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「先端技術を使った大きなシステム開発プロジェクトに参加することこそが,ITエンジニアの本流」。こう信じる人は実に多い。保守・運用管理といったシステムのライフサイクル全体を考慮せず,こうした思い込みに引きずられては,顧客に喜ばれるシステム作りなど不可能だ。

イラスト 野村 タケオ

 「これ以上,他社の穴埋めでシステムのお守りをするのはごめんです!」。2月のある日,Y子さんは上司であるS課長に,たまりにたまっていた不満をこうぶちまけた。

 Y子さんは28歳のITエンジニアである。高校を卒業してアパレル関連の企業で販売業務に就いたが,「自分の腕に技術を身につけて自立したい」という思いから2年で退職。システムエンジニアを目指して情報処理専門学校に入り直した。1年半かけてシステム設計や開発を一通り学び,6年前に就職したのがC社だった。

 努力家のY子さんは,入社後も新しい言語やソフトウエア技術を貪欲に習得してきた。上司であるS課長はY子さんの意欲的な仕事ぶりを見て,「頼りになるエンジニアに成長していくだろう」と期待していた。そのY子さんが,自分の業務を投げ出した。

運用管理業務を侮る

 事の起こりは3カ月前。事務機器製造大手であるN社において,新しい販売管理システムがカットオーバーした時にさかのぼる。このシステムを手がけたのが,S課長率いるC社の開発チームだった。Y子さんはその一員として,詳細設計から稼働テストまで一貫して開発プロジェクトに参加した。約1年にわたるプロジェクトは楽ではなかったが,Y子さんは持ち前のがんばりを発揮してチームに貢献した。

 1つのシステムを作り上げたことによる充実感を味わい,Y子さんはエンジニアという仕事に対してこれまで以上にやりがいを見いだすようになった。次に参加するプロジェクトもすでに決まり,自分が着実にスキルアップしていることを実感していた。

 ところが,ここで予期せぬ事態が発生する。N社の情報システム部長であるA氏が,システム稼働後の運用管理業務を追加依頼してきたのである。「運用管理を担当する予定だったK社の体制作りが間に合わない」というのが理由だった。しかも,A部長は担当者としてY子さんを指名してきた。どうやら,開発プロジェクトにおけるY子さんの仕事振りを見て,白羽の矢を立てたらしい。

 Y子さんを欠くのは新規プロジェクトにとって大きな痛手だったが,S課長はN社の要請を飲むことにした。N社はC社にとって,重要な顧客だからだ。それに,開発以外の業務を経験することで,Y子さんにエンジニアとして一回り大きくなって欲しいという狙いもあった。

 当のY子さんにとっては,まさに寝耳に水だった。「最新技術を駆使して優れたシステムを生み出すことこそエンジニアの仕事。すでに出来上がったシステム相手の仕事なんて,創造性のかけらもない」と,がっかりした。しかし,業務命令に逆らうわけにはいかず,渋々承知した。こうして,Y子さんを含む2人が,システムの機能追加やトラブルに対応する運用管理担当者としてN社に常駐することになった。K社の担当者への引き継ぎを含めて,1年間という約束だった。

意に染まぬ業務にふてくされる

 N社における業務が始まって間もなく,Y子さんは自分の進路について悩むようになっていた。「1年もこのままでは,新しいプロジェクトに携わって最新技術を吸収している同僚に取り残されてしまう」と,焦りが募った。

 「どうして私だけがこんな仕事を押し付けられなければいけないのか」。Y子さんの胸中では,被害者意識ばかりがふくらんでいった。当然,仕事へのやる気は薄れ,「システムを停止させなければいいだろう」程度にしか考えなくなった。ユーザーから使い勝手に関するクレームが届いても,「そういうシステムですから」と素っ気なく返すだけだった。

 S課長は,Y子さんの仕事に対する士気が下がっていることをA部長から聞き,驚いた。そこで,定例報告会の後にY子さんに声をかけた。「A部長は,あなたの仕事に対する情熱や努力を見込んで指名したんだ。しっかりやってくれ。あなたの将来にとっても,必ずプラスになる経験だよ」。こう言われても,Y子さんは「はい」と短く答えるだけだった。「つまらない仕事をなんとか押し付けようとしているだけだ」と感じたからである。

 その後も,「なんで私が」という思いは,Y子さんの中でくすぶり続けていた。それが爆発したのが,冒頭のシーンである。「私はこんな仕事をするためにエンジニアになったのではありません」。Y子さんは,S課長に向かってまくしたてた。

 S課長はY子さんが話し終わるのを待って,静かに切り出した。「そんなに嫌なら戻ってきなさい。それにしても残念だよ。せっかくのチャンスをふいにするとはね」。「え,チャンス?」。Y子さんが怪訝そうな顔をすると,S課長はゆっくり話し始めた。「いいかい,運用管理業務は地味に見えるが,開発現場では決して得られない貴重な経験を積める場なんだ」。

 S課長は,丁寧に説明してくれた。顧客企業内に常駐する運用管理担当者は,実際のシステム利用状況を肌で感じられるし,顧客とのリレーション作りを学べること。自分たちが開発した販売管理システムと,他の業務システムとの連携を理解できること。加えて,引き継ぎ業務を通じて,自分が身に付けた技術や知識を整理できること。開発業務にはない運用管理業務ならではのメリットを,S課長は列挙した。

 それらは,いちいち納得のいくものだった。Y子さんは,先入観だけで業務内容に勝手な優劣をつけていた自分の態度に問題があったと気づいた。その一方で,これまで不平ばかりが先に立ち,肝心の業務をおろそかにしていたことを悔いた。

 幸い,N社との契約期間はまだ9カ月近く残っている。独り善がりな反抗心を捨てて,名誉挽回する余地はあるはずだ。Y子さんはS課長に「これからは,もっと前向きに取り組んでみます」と告げると,N社での仕事に急ぎ足で戻っていった。

今回の教訓
・開発業務だけがITエンジニアの仕事ではない
・顧客の思考を理解することが,システム開発の原点だ
・顧客とのコミュニケーション量が,ITエンジニアの価値を決める

岩井 孝夫 クレストコンサルティング
1964年,中央大学商学部卒。コンピュータ・メーカーを経て89年にクレストコンサルティングを設立。現在,代表取締役社長。経営や業務とかい離しない情報システムを構築するためのコンサルティングを担当。takao.iwai@crest-con.co.jp