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開発途中に起こるトラブルの原因は千差万別だ。担当者が病気で戦列を離れる。新技術の導入が災いして問題が発生する――。プロジェクト・チームを引っ張るリーダー自身がメンバーのモラールを引き下げ,思わぬトラブルを引き起こすことも決して珍しくはない。

イラスト 野村 タケオ

 ITサービス会社のF社にSEとして勤務するBさん(33歳)は梅雨時,ずっと機嫌が悪かった。自分がチーム・リーダーを務めるプロジェクトに,遅れが生じていたからだ。

 F社の大手顧客であるG社は,電子部品を製造している。携帯電話やデジタルカメラの好調な売れ行きに伴い,主力製品である液晶制御部品への受注が急激に増加。取引先から,生産量の拡大や納期短縮を強く要請されるほどだった。そこでG社は昨年,製造子会社2社を設立。市場からの要求に応えてさらに売り上げを伸ばす体制を整えた。

 そんなG社にとって,会計システムの刷新が重要な課題になっていた。事業拡大に伴い,連結決算や管理会計,四半期決算といった機能を持つ新システムが必要だったからだ。この案件を受注したのがF社である。Bさんはこのプロジェクトで,事業所における経費精算システムの開発チームを任され,彼の下には4人のエンジニアがついた。こうして2003年1月に,プロジェクトは始まった。

 Bさんのチームは2カ月ほどで要件の取りまとめや基本設計を済ませると,3月から開発本番に突入した。このころからBさんは,メンバー1人ひとりに詳細な開発計画を作らせて,その達成状況を聞くことを日課にした。「作業をスムーズに進めるには,しっかりした計画作りと綿密な進ちょく管理が大切」と考えたのだ。

叱責するが原因には無関心

 ただし,Bさんがメンバーに根掘り葉掘り聞くのは,計画とその実施結果に限られ,その間のプロセスにはま ったく関心を払わなかった。どこかで遅れが生じていても,「ともかく計画に合わせろ!それが君の責務だ」と叱責するだけ。予定通りに進んでいない理由を説明しようとするメンバーにも,「事情はいろいろあるだろうけど,それは誰でも同じ。言い訳するな」と耳を貸さなかった。

 Bさんが厳しく進ちょくを管理しているにもかかわらず,2003年6月に始まったプログラム・テストの段階で,大幅な遅れが発生していた。このままでは,スケジュールを見直さなければならない。Bさんは,「自分が率いるチームのせいで,統合テストを遅らせてしまっては一大事」と気が気ではなかった。メンバーたちに対する態度もどんどん,とげとげしくなっていった。一方のメンバーたちは,毎日繰り返されるヒアリングにへきえきし,「作業遅れの最大の原因は,ヒアリングに時間を取られるせいだ」と密かに言い合っていた。

 そうした中で,チーム・メンバーの中でも実力派であるN君が,テスト手順を変更するよう申し入れてきた。「テスト作業をいったん中断して,これまでの結果を整理するのに2日間充てたいんですが」。これを聞いたBさんは,顔色を変えた。N君がまだ何か言おうとしているのをさえぎり,「なぜ計画通りにやらないんだ!そんなことだからスケジュールが遅れてしまうんだよ。我々の作業が遅れれば,プロジェクト全体の進行に迷惑をかけてしまう。その責任はいったい誰が取るんだ!」と一喝した。

 実は,N君がテスト計画変更を提案した裏には,やむを得ない事情があった。テストには,G社が用意する検証用のデータが不可欠だ。ところが,G社の担当部門に突発的な業務が発生した。このため,G社の担当者からN君に「急用のためデータ検証は2~3日遅らせて欲しい」と連絡があったのである。N君がそうした事情を説明しようとしても,Bさんは頑としてN君の話を聞こうとしなかった。顔を真っ赤にして,「そんなことは君がユーザーと交渉して何とかするべきだろう!何としてでも計画を死守しろ!」と怒鳴り散らすBさんを見るチーム・メンバーの目は冷ややかだった。

現状より計画を優先

 翌朝,Bさんは上司であるS課長から呼び出された。Bさんは反射的に「開発遅れをどうするのか聞かれるのか」と身構えたが,S課長の口から出たのは予想外の言葉だった。「Bさん,君は部下の報告を聞きもせず,現状を無視した作業指示を出しているそうだね」。Bさんは一瞬ぎょっとしたが,「それは心外です。他のチームに迷惑をかけないように,必死に舵取りしているんです」と言い返した。

 S課長は,「君のところのメンバーたちは,『スケジュール遅れを挽回するために仕事の段取りを工夫しようとしているのに,全く取り合ってもらえない』と不満を溜めているよ」と続けた。Bさんはムキになって,「おっしゃる通り,スケジュールには遅れが出ています。だからこそ,余計なことを考えずに計画を遵守する必要があるんです」と噛みついた。

 肩をすくめたS課長は,「君の言い分も分かるけど,まずは私の言うことも聞いてくれないか」とBさんを制すると,「開発遅れを取り戻すのは結果に過ぎない。重要なのは,『なぜ遅れたのか』だよ」と言った。「ですから,プログラマが計画通りに作業しないからでしょう」とBさんが言うと,S課長の表情は途端に険しくなった。「なぜ計画通りに作業しないのかを聞かず,一方的に命令するだけでは皆のモラールは下がる。それでは計画はますます遅れていくばかりだ。リーダーの物差しで状況をみるだけではなく,まずメンバーの事情を十分聞いてあげなさい」。S課長の静かだが断固とした言い方に,Bさんは返す言葉を思い付かなかった。

 少し混乱したまま自席に戻ったBさんは,「チーム・メンバーに『このリーダーと一緒に働くことは,自分にとってプラスになる』と思わせなければ,プロジェクトは成功しない」というS課長のアドバイスを思い返した。「俺はまだまだ修行が足りないということだ」と目を閉じたBさんは,数秒後に再び目を開けると立ち上がった。「みんな,作業中に悪いがちょっと集まってくれ。現状の問題点について,君たちの意見が聞きたい」。開発室に,Bさんの声が響いた。

今回の教訓
・自分の尺度だけで物事を決めつけるな
・厳しさだけでも,優しさだけでもうまくいかない
・チームの責任者は,問題を事前に発見する“嗅覚”が求められる

岩井 孝夫 クレストコンサルティング
1964年,中央大学商学部卒。コンピュータ・メーカーを経て89年にクレストコンサルティングを設立。現在,代表取締役社長。経営や業務とかい離しない情報システムを構築するためのコンサルティングを担当。takao.iwai@crest-con.co.jp