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 先日,知人(A夫さん,サラリーマン,40代後半)が興味深い話をしていたので,ご紹介しましょう。ある日,彼の奥方(B子さん,主婦,40代後半)あてに宅配便が届きました。A夫さんが箱を開けてみると,宅配便の中身はパソコンを全く使えない人向けの教材だったといいます。CD-ROMが8枚と分厚い教本。A夫さんはびっくりしました。無理もありません。B子さんはそれまで,パソコンに興味があるようには見えなかったからです。

 なぜ今さらパソコンなのか。なぜ通信販売なのか。気になったA夫さんはすぐB子さんに尋ねました。すると彼女は,数日前の新聞広告を見せて「ここが気に入ったのよ」。それは,どこにでもありそうな「超ビギナー向けパソコン入門ガイド」の広告です。キャッチコピーもありふれています。ところが,彼女が指差した部分を読んだA夫さんは,その瞬間に合点がいきました。『何回質問しても怒られないし,イライラされることもない』--。

 そういえば,B子さんはネットで調べたがっていたことがある,とA夫さんは思い出しました。親の病気や介護のこと,好きな映画や演劇の話題,子どもの教育に関する情報,などなど。そのたびに,A夫さんやお子さんに調べてもらっていたのです。ですが,最初のうちは親切に教えてあげていても,しょっちゅう頼まれると「使い方は簡単なんだから,お母さんも覚えて自分で調べてよ」となるのが人情。そのうちB子さんも,A夫さんやお子さんにあまり頼まなくなりました。

 そのほかにも彼女は,デジカメの画像を使った年賀状作りや友だちとのメールのやり取りにも興味があるようでした。ですが,パソコンを全く触ったことのない人がいちから学ぶのは…。「聞くは一時の恥,聞かぬは一生の恥」とは言うものの,人に何かを教えてもらいたいときに,相手がちょっとでも不愉快そうに見えたら,気持ちが萎えてしまうものです。それ以前に,超初心者には「パソコンに触ると壊れてしまうかもしれない」という心理が働くようです。その点,今の初心者用教材は良くできています。詳しい説明をやさしい音声で読み上げながら,学習のポイントや画面の動きをディスプレイに表示します。理解しにくいところは何度でも繰り返せるし,怒られることもありません。

 最初は「超ビギナー向けのパソコン入門書なら,書店でいくらでも売っているのに」と思ったA夫さんですが,全くの初心者の心をつかんだのは通販だったのです。この「事件」を目の当たりにしたA夫さんは,「彼女のことは笑えないな」と冷静に受け止めたそうです。彼の仕事は,ごく普通の会社の一般的な事務職で,パソコンは一通り使えます。しかしここ数年は,ITの急速な高度化に付いていけなくなっているのです。

 とくに,何かトラブルが起きたときの対処やネット接続の設定などに関しては,会社で近くに座っている若者に頼りっきり。少し前までは嬉々として問題を解決してくれた彼らも,今では自分の仕事で精一杯です。家では,最近メキメキと腕を上げた高校生のお子さんに尋ねる始末。結局は奥方と同じく「自分で調べてよ」という扱いを受けているそうです。メーカー各社が電話サポートを有料にするのも,それだけのニーズがあるからでしょう。

 かつて,オフィスにパソコンが導入され始めたころ,キーボードに触ったこともない中高年の管理職が悪戦苦闘(または完全放棄)していたのを思い出したA夫さんは,しみじみと話していました。「今になって彼らの心境は察して余りある」と。一方で,さらに高齢の世代では,目的もなくパソコンを買ってみるという現象がかつて起こりました。そういう人たちの大半は,すぐに飽きてしまったかギブアップしたようです。こういう目的を持たない「ビギナー」はこれからは減少していくでしょう。しかし,目的意識がある高齢者にとっても,無線LANやカラープリンタなど便利な機能が増えた分だけ,パソコンはますます使いにくい存在になっているようです。

 ITを使いこなすための環境やリテラシーによって,情報を収集・活用できるレベルに個人間で格差が生じる--。パソコンがオフィスや家庭に驚異的なスピードで広まった1995年以降,インターネットの加速度的な普及と相まって,「デジタル・デバイド」(デジタル時代における情報格差)が叫ばれました。以来,ITの使い勝手の向上や学習環境の整備が進んだこともあって,今ではデジタル・デバイドを叫ぶ風潮は目立たなくなったようにも思えます。ですが,技術の進歩とユーザーの世代交代が続く限り,デジタル・デバイドは広がる一方のように思えてなりません。「簡単にITを使うためのIT」に,この問題を解決してほしいものです。