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 米国「Windows IT Pro Magazine」の名物ライターであるPaul Thurrott氏が振り返る「Windows Vista開発史」の第3回。今回は,Windows Vistaの開発が壁にぶつかり,機能縮小を余儀なくされた2004年を振り返る。Windows Vista最大の転換点となった年だ。

 2003年が,Windows Vistaの興奮が頂点に達した年だとすれば,2004年は全くその逆になった年だったと言える。それが明らかになったのはその1年後のことだったが,2004年にMicrosoftは,Windows Vistaの開発で壁にぶつかっており,それまでの成果の大半を文字通りばっさりと切り捨て,再び一からやり直す必要に迫られていた。

 ただまずは,その転換点の前に起きたできごとを振り返ることにしよう。

 2004年は,パワー・ユーザーたちがPhotoshopの腕前を競い,半透明表示によるOS機能を想像しながら作成した偽物のスクリーンショットが公開されるという茶番から始まった。当時は,何も問題が無いかのようにみえていた。

 1月には,MicrosoftのMSDN Webサイトで,Longhornのコンセプト・ビデオが次々に公開され始めた。Longhornの主要機能を活用して独自のアプリケーションが開発されるという将来の姿が,華々しく披露された。これらのコンセプト・ビデオでは,ついに日の目を見ることがなかったLonghornのアプリケーションや機能(Longhorn Identity Systemなど)が,素晴らしい見栄えの作り物を使って紹介された。どの画面も,PDC 2003でMicrosoftが初めて披露したダーク・グレーのスレートUIで表示されていた。

 同じ1月に,筆者はHillel Cooperman氏やTjeerd Hoek氏とじっくりと話す機会を得た。この2人は当時,Windows User Experienceチームを率いており,彼らの話から筆者は,MicrosoftがPDC 2003で披露したクールな「Aero」と呼ばれるユーザー・インターフェースを,実際に出荷する製品に搭載可能だという感触を得た。彼らへのインタビューは楽しく,最高の時間を過ごすことができたし,いま読んでも面白い内容だと思う。

2004年2月:盗まれたソース・コード

 2月中旬になるとMicrosoftは,Redmond本社のネットワークにハッカーが侵入して,Windows NT 4.0とWindows 2000のソース・コードが盗まれたことを認めた。しかし,Longhornのソース・コードが盗まれたかどうかについては否定した。もっとも,たとえ盗まれていたとしても,その後の出来事によってそのコードの価値は失われたのだから,全く意味はなかっただろう。Microsoftがソース・コードを盗まれたのはこれが二度目で,2000年にもハッカーによって,廃止されたMS-DOSのソース・コードが盗まれたことがある。

 2月初めに,「Hardware Geeks」というWebサイトを運営するMaarten Sundman氏が,Longhornビルド4051(いわゆるPDCビルド)を調査して,いくつかの面白い事実を発見したと筆者に連絡してきた。Microsoftは,Windows XP(Whistler)のベータ版で試したスタート・ページ機能と同様の「スタート・ページ・コンセプト」に取り組んでおり,調査したビルドには「My Alerts」や「My Contacts」,Windows Media Player,ボリューム・コントロール,バッテリ・メーターなどを起動できる「拡張サイド・バー」が組み込まれていた。結局スタート・ページは中止され,もちろんサイド・バーも当初想像されていたような機能にはならなかった。

4GHzのプロセッサ,2Gバイトのメイン・メモリーを想定

 4月になると,Microsoftは,Longhornの位置付けを説明する内部資料の作成に着手した。この資料によれば,2006年の一般的なPCは,当時としてはSF小説に出てくるような超スペックになると想定されていた。プロセッサの動作周波数は4G~6GHz,メイン・メモリー容量は2Gバイト以上,ディスク容量は1Tバイト以上,2004年初めに市販されていたグラフィックス処理チップの3倍の能力を持つグラフィックス処理チップ,そして1Gビット/秒の有線ネットワークと54Mビット/秒の無線ネットワークを備えていると予想されていた。このうち最後の2つは的中しているが,最初の3つは楽観的すぎるようだ。楽観的すぎると言えば,他にもまだある。Microsoft社は当時,Longhornを次のように位置付けていた。

・「ClickOnce」を使ったデスクトップ展開機能
・イメージ・ベースのセットアップ・ツールと展開ツール
・安全な起動,安全な実行,安全の維持,安全な通信
・「SuperFetch」,グリッチ・フリーなCPUスケジューリング,GPU能力を100%活用することによるパフォーマンス向上
・再起動する必要がないソフトウエアのインストールとアップデート
・Strongboxアプリケーション・インパクト管理
・WinFSによるデータ・サイロとシェル階層からの解放
・Avalon(ハードウエアを活用したベクタ・ベースの描画エンジン)
・XAML(Windows用宣言型プログラミング言語)

 当時,Microsoftは,2004年第2四半期にM7.2(Milestone 7.2)と呼ばれるLonghornアップデートを出荷する予定だった。これは,PDC 2003ビルドと同様に,開発者向けのバージョンであり,WinFSデータ・モデルとAvalon 3Dが組み込まれる予定だった。

2004年4月:Microsoft,背伸びに気づく

 4月中旬になると,Microsoftが背伸びをし過ぎていたことに気づき,Longhornの機能セットを縮小しようとしているらしい,といううわさが流れ始めた。このようなうわさは,既にMicrosoft社内が混乱を極めていたこととは全く無関係であった。同社の周辺でどのように話が伝えられたかをうかがい知れる,非常に興味深い話題である。

 Business Week誌は2004年4月19日号で,Microsoftは「既に予定から遅れているWindows XPの後継OSを2006年までに出荷するために,最も意欲的な機能の一部を削った」と書いた。その筆頭がWinFSである。完全に削除されたわけではないが(とりあえずこの時点では),WinFSは機能が縮小されて,ネットワーク全体ではなく,ローカル・システム上に限定したドキュメント索引機能を提供することになった。

 さらに,Officeの次のバージョン(Office 2007,当時はOffice 12と呼ばれていた)は,LonghornだけでなくWindowsの過去のバージョンでも動作するように設計されることになった(ここであまり笑えない話を1つ。Office 12は元々Windows Vista専用であり,Windows Vista固有の機能も実装される予定だった。しかし今ではWindows XPでもWindows Vistaと同じように動作する。なんと素晴らしい機能縮小だろう)。

 Business Week誌の記事では,「Windowsリーダーたち」は4月にミーティングを行い,削除する機能を明確にする予定だ,と伝えられていた。しかし,Business Week誌は,Microsoftがどれだけ深刻な状況だったかは認識していなかった。Microsoftグループ副社長のJim Allchin氏は,その時点で既に,Longhornの開発をこのまま進めるのは無理だと判断していた。彼はBill Gates氏に,これまでの作業をすべて破棄し,最新のWindows Server 2003(Windows XPではない)をコード・ベースの出発点として,もう一度最初から作り直すべきだと進言した。しかし,そのことが明らかにされたのは約1年後のことだった。

 Business Week誌には,最近になってMicrosoftが「Oasis」という開発コード名(市場にはWindows XP Reloadedとして宣伝されていた)で呼ばれる,Windows XPの中継ぎバージョンの出荷予定を延期したという記事も掲載された。Windows XP Reloadedは,Windows XP SP2を出荷した後に,消費者のWindows XPに対する興味をもう一度喚起しようという計画の一部だった。当初は,結局お蔵入りしたWindows XP Premiumと呼ばれるWindows XPの新しいバージョンへの組み込みが予定されていた。

 Microsoftのリード・プロダクト・マネージャであるGreg Sullivan氏は当時,Longhornの機能を削減するのは,その中核機能を維持してLonghornのビジョンを実現するためだ,と説明していた。しかし,その詳細は明らかにされなかった。Sullivan氏は,「現在は,消費者の手元にこの製品を届けられるように,必要不可欠な根幹的な作業が何で,一部削除可能な周辺機能が何かを決定する作業を進めている」と語っている。

2004年5月:重要事項が隠された「WinHEC 2004」