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 宮城沖電気が地震対策に取り組んだきっかけは、2003年5月と7月に、相次いで震度5強に見舞われたこと。この時、製造装置や製造中の半導体が連続して被害を受けた。その結果、延べでおよそ20日間の操業停止を余儀なくされ、合計30億円もの損失を出してしまった。

 しかも宮城県の沖合では、「30年以内に大地震が発生する確率」が高まっている。政府の地震調査委員会によると、その確率は99%。吉岡社長は「大地震が起きる前提で、それでもなお半導体の事業を継続する対策を立てる」として、陣頭指揮を採った。

 吉岡社長らは2004年夏、東北大学大学院工学研究科災害制御研究センターの源栄正人教授に相談した。源栄教授は、地震防災の専門家である。その時、気象庁と防災科学研究所が試験提供していた緊急地震速報を知った。

 吉岡社長は「揺れるまでの余裕時間で何かできる」とピンときた。その後、宮城沖電気は、文部科学省の外郭団体で、緊急地震速報の活用を検討する「リアルタイム地震情報利用協議会(REIC)」に加入。2005年初頭からREICと、緊急地震速報を利用して、工場設備を制御する今回の仕組みを共同で開発してきた。

すでに200以上の利用者が存在

 気象庁は緊急地震速報の提供を2004年2月から始めてきたが、あくまでも試験運用という位置づけだった。にもかかわらず、すでに多くの企業や団体が利用している。「気象庁は50の機関へ配信しており、さらにその機関が200の企業や団体に配信している」と気象庁地震火山部管理課の斎藤誠即時地震情報調整官は語る。

 特にここ1年で、緊急地震速報の認知度は上がってきている。半年あまりで約100の企業や団体が試験運用に加わった。きっかけは、2005年8月に宮城県沖で発生した最大震度6弱の地震だ。震源から近い仙台市などの利用者が、実際に緊急地震速報を受信した。仙台市の小学校や、国土交通省東北地方整備局といった利用者の声がマスコミで大々的に報じられた。

 気象庁は緊急地震速報への期待が高まりつつあることを受けて、2005年末に実用化に向けた検討会を設置。検討会は2006年3月末に中間報告書案をまとめた。

 気象庁は検討会の意見を基に今夏にも、企業など特定利用者向けの本格運用に入る。正式な運用であることを宣言し、気象庁の外郭団体である気象業務支援センターが情報の一元提供を開始し、実費を徴収する見通しだ。一般企業は、同センターからの配信を受けるREICなどの団体を経由して速報サービスを受ける。

 続いて早ければ2006年内に、一般の利用者にも情報提供を始める。テレビやラジオ、携帯電話やインターネットなどを通じて、「X地方で地震発生の模様。強い揺れの恐れのある地域 A、B、C、D…」といった情報を広く配信する見通しだ。

 現在はまだ試験運用ながら、宮城沖電気をはじめ、緊急地震速報を使う企業が出てきている。鹿島が工事現場、大日本印刷が工場、中部電力が発電所、日本テレコムが自社のネットワーク監視センター、といった各社の現場に、音声で危険を知らせるようにしている。

写真2●携帯電話に配信された緊急地震速報
写真2●携帯電話に配信された緊急地震速報
発生した地震の震源地や、特定エリアでの予測震度などが送られてくる。東京海上日動リスクコンサルティングが特定の社員に試験的に配信している

 宮城県においては、石巻、白石、仙台、古川各市の小学校、東北大学などの教育施設が導入し、児童や学生への音声による告知に活用中だ。

 さらに日本テレコムは、電話の混雑を避けるために地震速報の利用を検討している。通信指令室のオペレーターが指示を出して、地震発生地域の回線を利用しないようにする。

 今後、緊急地震速報はいっそう導入しやすくなりそうだ。三洋ホームズや積水ハウス、大和ハウス、東北ミサワホームは住宅の購入者に、震度と揺れるまでの猶予時間をアナウンスする専用端末を提供している。NTT東日本は同社のブロードバンド・ネットワークサービスを利用し、一斉同報する実験に取り組んでいる。この実験ではNTT東日本のIP電話用テレビ電話機を利用する(前編、図1の写真)。

 NTT東日本が実サービスを始める時は、ブロードバンド・ネットワークサービスのオプション機能として提供し、パソコンでも受信できる見通し。

 また携帯電話を利用した通知サービスを、社員向けに実験する企業も出てきている(写真2)。

データセンター内のシステムと連携

 今後の大きな流れとして、宮城沖電気のように、地震情報と自社の設備や情報システムとを連携させる事例が相次ぎそうだ。これまでのやり方は、情報の配信を受けて館内放送を自動もしくは手動で流すことがほとんどだった。

 東京・立川市の災害医療センターは2006年1月に、緊急地震速報を基に、病院内のエレベーターの運行を自動的に制御する仕組みを取り入れた。カゴの移動時に地震が起きると最寄り階で停止し、人が閉じ込められることを防ぐ。停止している場合は、人を載せないようにする。緊急地震速報と、工場内の安全装置を連携させる製鉄会社も出てきている。

 企業情報システムとの連携を視野に入れた取り組みも出てきた。富士通エフ・アイ・ピー(富士通FIP)は2006年1月に神奈川県にあるデータセンターで緊急地震速報の利用を始めた。速報に基づいて、データセンター内に警報を流すことで、センター内で作業をしている顧客の担当者や同社スタッフの安全を守る。2006年9月までに全国にある13の全センターで利用できるようにする。

 「ゆくゆくは、データセンターで預かっている顧客の情報システムとの連携を考えたい」と富士通FIP センタサービス統括部センタ計画部の駒井勝久担当部長は意気込む。想定している利用シーンは次のようなものだ。

 あるデータセンターに緊急地震速報が入ったとする。そのセンターが罹災する可能性が高まるので、別センターに用意してあるバックアップ・システム側に処理を移す。主センターのシステムとバックアップセンターのシステムの間で、データをリアルタイムに更新しておけば、こういう高度なバックアップ処理が可能になる。

 緊急地震速報とシステムの連携を図る方法はいくつかある。富士通FIPは2006年夏までに自社オフィスを対象に、地震警報をブロードキャストする予定。これを受けた社員のパソコンの画面上に警報がポップアップする。また、パトライトや明星電気は、緊急地震速報の情報を専用機器の信号に変換できる装置を開発・販売している(図3)。

図3●富士通FIPがデータセンターに導入した緊急地震速報システム
図3●富士通FIPがデータセンターに導入した緊急地震速報システム
震度や到達時間を基にしたデータを「接点ボックス」(写真左)から得て、ケーブルで警告表示灯(写真右)をはじめとする連携機器につなぐ

情報の精度はまだ上がる

 緊急地震速報の精度はどの程度のものだろうか。2004年10月に発生した新潟県中越地震では、緊急地震速報を試験視聴していた明星電気が、茨城県の同社工場で速報をキャッチした。揺れが始まる約40秒前から警告音が鳴り、パソコン画面の震度や到達時間が時々刻々と更新されていった。そして、「0秒」と表示された前後に大きな揺れが起こった。緊急地震速報が一部始終を伝えた後、NHKのテレビ放送に「5時55分頃甲信越地方で地震がありました」との速報テロップが表示された。

 同社は以上の状態を動画像に記録しており、今回、日経コンピュータのWebサイト「日経コンピュータEXPRESS」においてその動画像を公開した。

 このときは速報通りに地震が起きたが、現状の緊急地震速報が完璧なわけではない。即時性が最優先のため、最初の第1報は少数の地震計のデータで震度や震源を割り出さざるを得ない。多くの地震計からのデータを分析したり、速報として流す際に異常値かどうか人手でチェックしていない。

 となると落雷などで地震計にショックが与えられたり、配信するための機器故障や操作ミスなどで、誤った地震情報が配信される可能性はゼロではない。こうした誤報は試験を始めた2004年2月から2005年末までに計22回あった。このうち震度5弱以上の情報を第1報で配信したのは5回である。

 ただし、実験を通して配信機器を改良し、操作マニュアルを整備することで、「誤報の数は激減している」(気象庁の斎藤即時地震情報調整官)。

 また、震度そのものの数字の精度は「徐々に上がってきているが、プラス・マイナス1ぐらいの幅で変動する」(斎藤即時地震情報調整官)。企業はこの前提で利用する必要がある。実際に配信を受けている宮城沖電気は「速報全体の5%程度は誤っているのでは。震度5の情報で、観測値は震度4だったことがある」(吉岡社長)という認識だ。

 気象庁が2006年3月末に公表した最終報告書のデータを見ても、多少のかい離がある(表1)。気象庁は緊急地震速報を一般に広く公表する基準案を、「2点以上の地震計のデータを用いて、最大震度が5弱以上」としている。これに該当する13のケースでは、約半数の震度が一致。その他は、1ないし2段階ずれている。

表1●緊急地震速報の試験を開始して以来、推定「震度5弱以上」を配信したケースと実際に観測した震度
表1●緊急地震速報の試験を開始して以来、推定「震度5弱以上」を配信したケースと実際に観測した震度
震度の差は数値の段階差。○は値が一致したことを示す

 可能なら、宮城沖電気のように、自社で地震計を複数設置し、緊急地震速報と組み合わせるのがよいだろう。こうした投資を惜しむわけにはいかない。日本では、いつどこで大地震が起こってもおかしくないのである。

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