野村 直之
メタデータ株式会社 代表取締役

 SaaS & Enterprise2.0サイトでは初めまして。SaaS(ソフトウエア・アズ・ア・サービス)を含めたEnterprise 2.0について、技術とビジネスを絡めてその意味を論じ、方向性を占うようなコラムを仰せつかりました。今後とも、どうぞよろしくお願いいたします。

 1年ほど前からITproで、“Web 2.0 for Enterprise” を連載してきた間は、「ロングテールなどマーケティングの考え方だけでなくWeb 2.0を支える技術、その効果を最大限に引き出す技術に注目すべきだ」というスタンスを取ってきました。とかく派手なWeb 2.0のアプリケーションに目を奪われるのではなく、その背後で進んでいるプラットフォームや技術標準の変化を理解し、近未来のビジネスや企業の姿を描こう、とアピールしてきた次第です。

 シリコンバレーに住み、現地の動向に詳しい梅田望夫さんは1年前に発行された、「Web進化論」の中で、ロングテールの本質は、ミクロの需要と供給をマッチングさせるコストを劇的に低下させたチープ革命の技術にある、と看破しました。この本で梅田さんは、「我が社も次はロングテールやろう。販促費は1万種の商品につき1億円」などと、技術の裏付けのない経営計画を打ち出すのは無謀である、という趣旨の発言をされています。

 にもかかわらず日本では、欧米、いや中国、インド、ロシアと比べても技術が軽視されがちです。最近の米国発のメッセージやイベントからは、「Web 2.0の時代を突き動かしていくのは技術者だ!?」という雰囲気を何度も感じるのとは対照的です。

 具体例を挙げましょう。Web2.0の覇者とでもいうべき米グーグルは、まず技術を市場に出し、1、2年じっくり実験した後で、それに相応しいビジネスモデルを考えていく、とさえ語っています(『Google Maps for Enterpriseに見るGoogleらしさ』)。

 この連載を通じて、こうした状況に一石を投じることができればと考えています。

サービス化が促すエンタープライズ変革の指針

 ではWeb2.0の時代に、日本企業の経営者がすべきことは何なのか。それは、トレンドを後追いするのではなく、新たな技術の本質的な意味を理解し、自分のかかわるビジネスがどう変化しえるのかを洞察し、創造的アイデアを産み出して近未来ビジョンを描くことです。そして、そこへ至るプロセス、実現手段、実証方法を考えて、正しいビジネスモデルを採用する。私も経営者の端くれとして、医療情報の分野でこれを実践しているつもりです。

 Web2.0に代表される新たな技術によって起こりえる変化にはさまざまなものがあります。大きな流れだけをとっても、商品の本当の意味でのサービス化(SOAでいうServiceとは違います)、リアルタイム・ビジネス化、そしてサービスの生産プロセスに顧客を深く組み込んでいくという意味でのユーザー参加の促進、などを挙げることができます。企業情報システムにおいては、社員や関連会社社員がより密接にサービスの生産プロセスに組み込まれることになります。

 サービスの生産プロセスに顧客を深く組み込むという意味での「ユーザ参加」ということは、Web2.0時代のビジネスにはとりわけ重要なアイデアです。なぜなら、拙連載の 『2007年,Web2.0とEnterpriseの「融合」を読む(1) みんなのビジネスに寄与する「2.0」』 で示したように、元々サービスではその生産と消費が不可分なものだからです。ベンダーとユーザー間の常識的な従来の役割分担は、単なる因習の産物に過ぎない可能性が十分あります。これを打ち破ることで、ビジネスを成功に導く新たなアイデアが生まれることがあるのです。

 例えば現実に、「なぜスーパーのレジ打ちを顧客自身がやってはいけないのか? 早く店を出ることができるようになったり、店員の手間がかからない分、若干値引きしてもらえるなら、その方が顧客は喜ぶのではないか?」と考え、実施して成功した企業が米国には存在するのです。

 上記のような指針をヒントに、自分の業界や自社自身の変化を考えてみてはいかがでしょうか。これが2007年に始まる、エンタープライズ2.0の「各論」になるかと思います。「2.0」はフル・モデルチェンジであり、ビジネスのプラットフォームの全面入れ替えを覚悟することが必要なのです(反語的ですが道具としての情報システムは現状のままでも構いません。ビジネス目標やプロセスの全面更新こそ重要です)。「2.0」をキーワードとして消費するだけではもったいない。むしろ、困難な変革のきっかけ、道具として使いこなすという、どん欲で前向きな経営者の視点を共有しつつ、各論を展開していきたいと思います。

サービス・プライシングが変わる予兆

 Web2.0がもたらすビジネスの大きな変革の一つにサービスに対する価格付けがあります。具体的には、安いのが良いか、高くても高品質なのが良いのかではなく、品質やサービスの利用によって得られる御利益が、サービスの料金を決めるようになりつつあるのではないかということです。そのための道具として重要になるのが、サービスの様々な保証水準,瑕疵を定義し,それぞれの対価(ペナルティ)を定義するSLA(Service Level Agreement)です。

 今回は手始めにこの問題について少し考えたいと思います。

 経済のサービス化の進展は加速するばかりで、もはや押しとどめようがありません。ユーザーが物欲や所有欲を捨て、徹底してサービスの利用を指向するようになると、サービスの原価ではなく、そのご利益、効果に基づいて、支払いたい料金が決まるようになってくるはずです。これは、サービスという商品の基本特性 や、その品質評価の特異性によるところでもあります。

 いずれにせよ今後、ますます原価積み上げでなく可用性やSLAこそがサービスの価格付けを左右するようになる、という前提を受け入れる必要があると思います。この前提で、ビジネスモデル策定もマーケティングも、技術開発も推進しなければならないということです。

可用性・継続性で収益を上げるGoogle Maps for Enterprise

 サービスに対する価格付けの変革を実感させる事例に、グーグルの提供するGoogle Maps for Enterpriseがあります。Google Maps for Enterpriseは、グーグルが提供する地図情報WebサービスであるGoogle Maps(日本ではGoogleマップ)の企業向け版になります。日本ではまだ企業向け版は提供されていませんが、個人が無償で利用できるGoogleマップをお使いの経験がある方も多いでしょう。

 リリース当初、有料のGoogle Maps for Enterprise は、無料版のGoogle Mapsと機能的には全く変わらない旨、ご紹介しました(『“for Enterprise”の登場でGoogle Mapsは無くなる?』)。主な違いは、ある程度のサービスの継続性の保証と、電話サポートです。Webサービスというコア・サービスに対して、電話サポートなどのヘルプ・デスク機能は、現場での問題を迅速に正確に解決するのを助けるサブ・サービスという位置付けになります。

 図1に、法政大学大学院イノベーション・マネジメント研究科での私の講義資料から、JRで電車を利用する場合のコア・サービス、サブサービス、コンティンジェント・サービスを示したものを引用します。具体的には、運賃がコア・サービス、特急料金/グリーン料金がサブ・サービス、そして料金表にないクリーニング代がコンティンジェント・サービスに含まれます。JRの特急が2時間以上遅れると特急料金は払い戻しされるけれど、何10時間かかろうが目的地に着いたのなら運賃は返ってこない、というJRの規定(顧客との契約すなわちSLAの一種)は有名ですね。これと絡めてコア・サービスとサブ・サービスの違いをイメージすると分かり易いかと思います。

図1●サービス・プロダクトの中身(内部構造)
図1●サービス・プロダクトの中身(内部構造)

 Google Maps for Enterpriseの場合、サービスの継続性、可用性(availability)やヘルプ・デスク機能をサブ・サービスに位置付けて良いかどうかには議論の余地があります。しかし、言葉の定義の問題に拘泥するよりは、コア・サービスが無料で、その付帯サービスが有料となるビジネスモデルが登場してきた事実に目を向けるべきでしょう。

 継続性、可用性やヘルプ・デスクを有料で提供できるかどうかは、SLAの重要な要素です。Google Maps for Enterprise が有料であり、Google Mapsが無料である。このことは、SLAの違いがサービス料金を大きく左右する時代の幕開けを象徴する、と言っても過言ではないと思います。