PR

NSRI(USA) 林 光一郎

 前回の記事で書いたとおり,1月21日に日本に帰国しました。ちょくちょく帰省はしていたとはいえ,5年も日本を離れているとやはり浦島太郎状態で,いろいろなことに驚く毎日です。その中でも「こんなにすごかったっけ?」と驚いているのが,通勤ラッシュです。帰省のときはラッシュ時間帯に電車に乗るようなことは無かったので,まったく5年ぶり。いやあ,本当にすごい。

 帰国前に提出してきた修士論文は,まだ大学事務局のチェックの結果待ちです。結果は気になりますが,まずは日本での生活を立ち上げるのが先なので,焦らず,気長に待つことにしました。今回は,私の2年間の大学院生活を振り返って,得たものと,それと引き換えにしたものについて考察したいと思います。

大学院生であることで広がる世界

 ニューヨーク大学(NYU)の社会人大学院に進んだことで私が得たものは,何といっても新しい視点で物を見られるようになったこと,そして人と接するときにビジネスマンとは別の立場で接することができるようになったことでした。

 私が選んだ大学院の学科は経営とITを幅広く学べ,それに加え何か一つの専攻分野を集中して学べるコースでした。これまで中小企業診断士や各種情報処理の資格を取得してきた私には複数の専門分野がありましたが,専攻分野はその中の一つで,最も関心のあるシステム管理を選びました。そのため,修士論文以外の大学院の授業の多くは,ある程度の予備知識を持っていることが多かったのです。

 予備知識は,授業についていくためにとても役に立ちました。しかし予備知識があるから新たに得るものが少なかった,というわけではありませんでした。資格試験の勉強のゴールは合格することです。そのため,どうしても視野が狭くなってしまいがちです。勉強する分野も「ここは試験に出やすいから」「ここは範囲外なので,手をつける必要は無い」と,試験に「出る」「出ない」という軸で,勉強する範囲を選んでしまいます。これに対し,大学院の授業では,テーマを理解するためならどんな議論やアプローチもありですし,講師と学生,あるいは学生同士の議論も他に面白いテーマがあれば,どんどん派生していきます。大学院の授業は,長らく受験勉強で凝り固まっていた頭を解きほぐしてくれるように感じました。

 そして何より新鮮で有意義だったのが,修士論文の執筆です。以前にも書きましたが,学術論文を書くということは,先行研究を調べ,それらの業績に新たなものを付け加え,それを検証可能な形で発表することです。たとえ文字量が同じでも,通常のビジネスレポートとはまったく書き方が異なります。ITに限らず,技術に関係する仕事をしているのであれば,自分の所属するビジネスの世界に関連する学術の世界を知れることだけでも,大学院に行く価値があると思いました。例えば研究者によっては,論文を書いている者として問い合わせるのと企業人として問い合わせるのでは,全く違う顔を見せてくれることもあります。もちろん,特別に秘密を教えてくれるようなことはないのですが,単に親切に詳しく教えてくれるだけではなく,研究分野の先輩としての道しるべになってくれた,そういう出会いが私にも何度もありました。

 残念ながら,修士号の取得がどう,キャリアアップや転職に役立つかについては紹介できません。というのも,私には転職する気持ちがなかったので……。冷やかしのつもりで顔を出した就職説明会で出席企業の豪華さに驚きました。今にして思えばもう少し野次馬根性を出してあちこちに顔を突っ込んでおけば,米国のキャリアアップ事情を知ることができたのにと悔やんでいます。

得たものと引き換えにしたもの

 一方,大学院生活と引き換えにしたものは,月並みですが,まずはお金です。私が支払った学費は合計で4万5千ドル(約540万円)。実は出願時には学費の計算方法を勘違いしていて,この3分の1ぐらいの額だと思っていたのです。入学して授業を受け始めた後に,授業料の請求が来たときには絶句しました。結局,貯金を取り崩して何とか凌ぐことができました。特に若い人にはこれだけの金額を捻出することは並大抵ではないでしょう。将来が広がるからといった漠然とした目的だけではなく,学位取得後にどれだけ収入アップでき,どれだけの期間で授業料を回収できるかを真面目に考える必要があるのではないでしょうか。

 そしてもう一つは時間です。私が大学院に通っていた2年半は,自分の自由になる時間の約8割を,大学院のために割いていたように思います。私は独身で,健康と体力も自信があったのですが,それでも最後にはヘトヘトになってしまいました。知人の話をいろいろと聞くと,もう少し歳を取っていたり,あるいは家族(特に小さな子供)がいたりすると,さらに体力的にきついようです。もちろん時間の負担が大きいということは,オンラインコースだったことと表裏一体の関係にあります。オンラインコースだったおかげで,私は休職も退職もせず,キャリアを保ったままで大学院を終えることが出来ました。

 こうやって見ると,オンライン制の社会人大学院に通えるのは,お金にある程度の余裕があり,仕事と学業の両立に耐えられる気力・体力の余裕がある人,ということになるのかもしれません。でも私ができたことです。大変でしたが,得たものもすごく多い。ぜひ機会があれば,みなさんにも挑戦してもらいたいと思っています。

 次回はいよいよ最終回です。総括(その2)は,仕事と学業の両立の方法などについて紹介したいと思います。


米ニューヨークの若者の街の一つ,ロアーイーストサイドの街角の風景です。ニューヨーク在住中には5番街やブロードウェイなどの華やかな場所にも何度も出かけたのですが,日本に戻ってきてふと目に浮かぶのはこういう何気ない街の風景です。街の風景って,どこにでも似たようなものがありそうなものでも意外とそうじゃなかったりするんですよね。
[画像のクリックで拡大表示]


 林 光一郎(はやし こういちろう)
NSRI(USA)

1991年,京都大学農学部卒業後,日本郵船に入社。関連IT企業のNYKシステム総研への出向を経て現職。現在はニューヨークにあるNSRI(日本郵船グループ)社内のアプリケーション開発プロジェクトに従事しながら,ニューヨーク大学大学院Management and Systems学科に在学。情報処理技術者試験に関する複数の著書のほか,「情報処理技術者用語辞典」(日経BP社)のデータベース項目の執筆を担当。日本システムアナリスト協会・中小企業診断協会会員

バックナンバーを読む