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宮本氏,亦賀氏  
ガートナー ジャパン

コンサルティング
バイスプレジデント
宮本 認 氏

リサーチ
バイスプレジデント
亦賀 忠明 氏

「ITリテラシー」という言葉がある。主に企業や組織におけるITの開発力や活用力を語る際に使うものだ。こと日本のITリテラシーと議題を提示すれば,「米国に比べて低い」と返す向きが多い。本当にそうなのか。そうだとすれば,日本はなにを変え,どう高みを目指すべきか。ガートナー ジャパンのアナリスト,コンサルタントがITリテラシーの本質を語る。
(モデレータ:浅見 直樹=ITpro発行人)


 携帯電話をはじめとするデジタル家電の分野では,日本は世界の手本となっています。日本発のアイデアが世界のコンシューマ市場に大きな変革をもたらしているわけですが,ITの分野では,日本は輸入国と位置づけられます。米国に比べて,日本はITリテラシーが低いと言われることが多いように感じますが。

宮本氏 ITリテラシーという言葉を,ソフトウエア開発力という側面と,IT活用力という側面からとらえてみましょう。

ソフトウエア開発力という側面では,率直な意見を申し上げれば,日本は米国から30年くらい遅れたままだと思っています。1990年代ころから,「SIS(strategic information system)」であるとか,「インターネット」「ERP」など多くの技術が台頭しましたが,ソフトウエアの業界標準(デファクト・スタンダード)はすべて,海外で誕生しているわけです。これはなぜでしょうか。単純に,企業の問題ではありません。米国の大学では,コンピュータ・サイエンスは人気学科の一つです。ところが日本では,コンピュータ・サイエンスで名を馳せた大学はありません。IT業界関係者の社会的地位はどうでしょうか。

日本と米国の違いは人材の流動化にあります。米国では,ユーザー企業とベンダー企業,あるいは大学において人材の交流が盛んです。IT系の人材が活躍する領域の裾野が広いことから,ITに関する新しい概念が次々と生まれてくるわけです。日本は,こうした社会環境が不十分なことから,ソフトウエア開発という視点から,米国との差がなかなか埋まらないのではないでしょうか。

ユーザー企業におけるIT活用力という点では,一概に日本全体が米国から遅れているとは言い切れません。ITをきちんと活用している企業もあれば,うまく利用していない企業もあるというのが私の認識です。グローバルな競争の波にさらされている企業もたくさんあります。そうした企業は,ITを計画的に導入し,ITによって競争力のある業務プロセスを実現しています。

例えば,グローバル・スタンダードという名のもとに,日本でもERP(統合業務パッケージ)の導入が進みました。ところが,ERPよりも革新的なプロセスを確立している業界もあるわけです。逆に,日本のユーザー企業におけるプロセスのほうが先進的過ぎることから,ERPを導入できなかったという事例さえ散見されます。IT活用という視点では,必ずしも日本のユーザー企業のITリテラシーが低いわけではないのです。

ERPによる,いわば「イージーメード」のカスタム品を利用するのか,それとも「テーラーメード」のフルカスタム品が重要になるのか,今後の動向をどのように予想していますか。

宮本氏 ERPにしても,CRMにしても,今までのIT化は,基本的には業務管理を対象としていました。データは,企業のPLあるいはBLといわれる財務諸表を作るために記録・集計します。あるいは給与やコスト計算のためにデータを管理します。このプロセスはデファクト・スタンダードになりやすい部分だったわけです。ただ,業務管理という視点からのIT導入は一巡したといえます。これからのITは別の方向にも利用されることでしょう。

魅力的になれるならフルカスタムITだ

例えば,RFID(無線タグ)が注目を集めたり,お財布ケータイが話題になったり,企業の実活動あるいは消費者の実活動にITが使われ始めました。こうした領域では,IT自身が競争要因となります。「パッケージで対応しよう」という発想にはなりにくく,自分たちの業務プロセスを作り,そこにITを導入することが顧客にとってどれほど魅力的になるのかを真剣に考え直さなければなりません。ですから,独自性が重要視される傾向が強まると考えています。

無線タグやお財布ケータイによって,一般消費者の生活が変わりつつあります。こうしたコンシューマを巻き込んだ新技術という意味では,日本はむしろ米国に対して一日の長があります。もし,コンシューマ技術がIT技術に革新を起こすことがあるとすれば,今後,日本発の先駆的なIT技術が世界のITに大きな影響を与えると期待されますが。

宮本氏 私もそう期待しています。日本の良さは,オペレーションの正確さや速さにあります。銀行の窓口業務の処理や,宅配便など,サービス品質を高める上でITは欠かせません。こうしたサービスの良さに世界の消費者が気付いたとき,日本のIT活用術が世界のスタンダードになる可能性はあります。製造業では既に,トヨタ自動車の「カイゼン」が世界のスタンダードになったわけですし。

亦賀さんは,日本のITリテラシーは米国から遅れていると思いますか。

亦賀氏 ちょっとITから外れた話題からご紹介したいと思います。ディズニーランドは世界中で人気を集めています。米国のビジネスが世界に広がっています。これを見た日本人はどんな行動を取るでしょうか。全てとは言いませんが,ある人たちは「ディズニーランドみたいなものを作れば,何とかなるのでは」と考えます。ところが,おそらくこのアプローチでは大きな成果を見込めませんし,実際日本でも過去に多くの失敗例があります。形だけまねたテーマパークを作っても,それが事業的に成功するとは限りません。

ディズニーランドとは何か。これは,物の集合ではなく,エンターテイメント・サービスです。日本人にはどうも,形だけを導入しようとする傾向があります。ITの導入でも,同じようなことが当てはまります。形の裏側にある思想の理解が大事だと思います。

別の例として,iPodを考えてみましょう。Apple社のiPodと,ソニーを始めとする他社の音楽プレーヤでは,どこに差があるのか。日本の電器メーカーの製品は,やはりハードウエアありきで開発されているように感じます。iPodの本質は,ミュージック・サービスにあり,それを実現する手段としてハードウエアがあるわけです。こうした発想の違いが,Apple社と他社の違いであると考えています。このように,日本人は,ものごとを表層的に捉えがちで,本質を見ていない,もしくは見誤ることがよくあります。大事なことは,物だけでなく,それらを総合した“人に対するサービス”であるという考え方です。形だけ模倣しようとすると,こうした本質が置き去りにされてしまいます。このような観点でも,日本のITリテラシーを考える必要があると考えています。

ITリテラシーは思想の理解から

ITを導入する際にも,形にとらわれず,本質を考える必要があるというわけですね。

亦賀氏 そうです。ITは「I」と「T」の組み合わせです。「I」と「T」ではリテラシーの意味も違ってきます。「T」のテクノロジーについては,日本のリテラシーはそれほど低くないと私は思っています。ブロードバンドしかり,携帯電話しかりです。これは世界的にも最先端のレベルでITを活用している国と言えます。「T」のリテラシーを解釈してきちんとした物を作り,活用していく姿勢について,日本は抜きん出ています。

ただ,問題は「I」の方です。こちらはもっと,いろいろと考えなければいけないテーマです。現在の日本の人々はどちらかといえば,「抽象論や概念的な話,もしくは本質論はよく分からないし,難しいからあまり議論したくない」という傾向があるように思います。しかし,こうした議論を敬遠していては,思考は深まりません。結局,米国の新しい“形”を単純に導入して,それを解釈・展開するというアプローチにならざるを得ません。こうした状況が続くなら,米国に「追い付き,追い越せ」どころか,永遠に距離を縮めることができないと思います。これからは,好き・嫌い,簡単・難しいにかかわらず,もっと「広く深く考える」ことを努力して伸ばしていく必要があると考えています。ITに関わる人々には特に重要なことかと思います。

「レガシー・マイグレーション」についてお聞きします。日本では,過去のシステムを捨てて未来のシステムに移行すること,と思われがちです。米国では共存型も多いようですが。

亦賀氏 米IBM社は,メインフレーム上にSOA(サービス指向アーキテクチャ)を展開することによって,レガシー環境とオープン環境を融合できる形を実現しています。実はIBM社も,当初からこうした構想を確立していたわけではありませんし,常に優位であったわけでもありません。実際,IBMは,1990年代のダウンサイジングの影響により,相当なダメージを受けましたし,1990年代後半には,米Sun Microsystems社や米Hewlett-Packard社といったオープン・ベンダーから,相当なプレッシャーを受けました。今のIBMは,こうした1990年代の反省に基づいた戦略を徹底して打ち出しています。すなわち,IBMの存在意義がなくなるという危機感から,メインフレームの安定性とオープンの革新性を融合した新しい情報システムのあり方を追求するに至ったわけです。IBM社が戦略的にどうやれば生き残れるかを考え抜いた結果が,メインフレーム上のSOA展開です。

もう一つ,考えなければならないことは,米国ベンダーの方針転換です。メインフレームを残す,残さない,オープン・サーバを導入すべきだといった議論は,現在の米国ベンダーには見られなくなっています。こうした変化のきっかけは,2001年ころのITバブルの崩壊です。その後,“IT Doesn't Matter”というフレーズに象徴されるように,ITは何のためにあるのかという議論が沸き起こりました(本誌注:2003年5月,米国の経営誌Harvard Business Reviewに「IT Doesn't Matter」と題した論文が掲載され,IT業界に波紋を呼んだ)。その時,ベンダーは猛省し,次の時代にあったITのあるべき姿を考え始めました。ベンダーは,「サーバー」とか「ミドルウエア」といったバラバラなパーツの議論より,むしろ,情報システム全体のあり方を提案し,追求するように姿勢が変わってきました。現在,こうした捉え方はようやく日本でも出始めています。その意味で,米国では5年前から始まった議論がようやく日本でも上陸してきたといえます。



亦賀氏