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筆者紹介 田中 健次(たなか・けんじ)
電気通信大学大学院情報システム学研究科教授

内閣府・消防庁・気象庁:緊急防災情報に関する調査委員会委員。東京消防庁救急業務懇話会委員。日本医療機能評価機構教育プログラム部会委員。ASPICジャパン「災害時ICT基盤研究会」アドバイザー。専門は、リスクマネジメント論、災害情報システム論、システム安全学など。

 近年、ユビキタス社会と呼ばれるほどにモバイル系機器の進展は目覚しく、災害情報システムでも携帯端末の活用が期待されるなど、新しい側面が見え始めてきた。自治体にとっては、本シリーズでこれまで4回にわたり紹介されてきた多種多様な情報システムの中で、必要度の高い災害情報システムから構築・整備を進めることが必要であろう。自治体がそれらを導入する際に注意すべきことを挙げたい。

■災害情報システムを活用する「仕組み」が重要

 災害情報システムは単なる入れ物であり、それらシステムを導入するだけでは役に立たない。システムの中を、行政や被災者にとって有効となる情報が流通し、それが活用されることが何よりも重要である。

 兵庫県は、阪神淡路大震災の教訓から、41億円を次ぎ込んで「フェニックス防災システム」を構築したが、2004年10月の豊岡水害の際、災害対策本部に設置された大規模スクリーンに被災状況が映ることはなかった。被災地域側で、被災状況を撮影する余力がなかったからである。

 システムを導入すれば、それが効果を発揮すると思うのは早計であり、システムを利活用する周囲の人や組織などの仕組みを同時に整備することが必要不可欠である。単に、高度な電子通信技術で媒体を置き換え、迅速化を図るという考え方ではなく、従来とは異なる新しい仕組みを導入するぐらいの意気込みが必要ということである。もちろんそれが、緊急時だけの特殊な仕組みではなく、平常時から活用されていることが要求されるのは言うまでもない。市民情報を取り入れる仕組みを取り入れた岐阜県中津川市の防災情報ネットワークは、熊が街中に現れた事件がきっかけで、平常時から市民が利用するようになったと言う。

■情報のサイクルの確保--入出力部分が確保されて始めて効果が生まれる

 第2回図3で示されている情報の流れ図を思い出そう。情報システムは、その入出力部分が確保されて始めて効果が生まれるものであり、そのサイクルを確保することが必要不可欠である。特に以下の4点に留意したい。

(1)局所情報を集める
 最近はユビキタス技術の進歩により、被害状況の様子を、携帯端末から画像情報も含めて送ることが可能になっている。市民や点在する行政職員などからの情報収集は被害状況を集約する上できわめて重要なものだ。しかし、市民提供の情報では、情報内容の信頼性の確保が課題であり、信頼できる送信者を特定するなどの工夫が必要になる。

(2)情報加工する人を確保する
 集約された情報は、表形式で整理され、あるいは地図上に表示されて、初めて共有可能な情報となる。これらを自動的に、あるいは容易に作業できるとありがたい。地図を利用した災害情報提供システムや防災情報共有システムは、短時間に被害箇所を把握するには極めて効果的である。

(3)情報伝達網の確保
 災害時に確保できる伝達網を多重に用意しておくことはもはや常識である。多重化というのは、様々な環境要因・状況変化に対して総崩れにならないことが大前提である。

(4)情報の受信から行動へ
 情報伝達は、受け手が受信して初めて成立する。豊岡水害でのバス水没事故でも、事前にFAXで道路の冠水が指摘されていたものの、FAX用紙が放置されたままであったという。受信者の確保は、見落としがちな項目といえる。重要な情報送信では、受信確認、対応行動までを送信者側にフィードバックできるシステム作りが効果的である。

■シナリオ分析のすすめ-過去の経験のみからの安易な予測は禁物

 上記の全てのステップが滞りなく稼働することは、シナリオ分析により事前検討しておくことが肝心である。夜の災害でも入力者や受信者を確保できるのか、日祭日の場合の対応は可能か。ある自治体の防災担当者が「Webで被害状況を迅速に提供する」と言うので、Web作業は誰が担当するのかを聞いてみたところ、広報課(月~金の昼間のみ活動)であると平然と答えた例もあった。想定される様々な状況の中で、これらのステップがすべて確保できることを、実際に関与する人間とその操作状況を予想しながら、チェックすることを忘れてはならない。

 また、これまで経験してきた災害のみから将来の震災を安易に予測することは禁物である。阪神淡路大震災での地震発生は早朝であった。我々は、未だ高層ビル街での昼間の大地震や、満員電車が震災に巻き込まれるなどの大惨事を、経験していない。もし、大都市で昼に地震が発生すると、鉄道沿線地域では負傷者が大量に発生する可能性もある。2006年JR福知山線の脱線事故時の対応からわかるように、病院間の負傷者受入れを調整しないと一部の病院に負傷者が集中してしまう。災害時の緊急医療システムは極めて重要である。シナリオ分析を大いに活用して、実際に入力してもらえる、そしてその情報を活用できるシステムを備えることが望まれる。

■人を動かすには情報よりも動機付け--自主的判断の勧め

 災害時に自治体の活動できる範囲は限られる。多くの市民が、自主判断により被災を免れ、あるいは被災を逃れた人による「共助」を最大限に活用してもらうためには、彼らへの適切な情報提供が、自治体の重要な役割となる。

 筆者らは、これまで水害などで避難勧告や避難指示の発令の遅れが被害を大きくしてきたことを反省し、避難の必要性を市民が自ずから判断するための状況情報を早期に提供する仕組みの重要性(図1における(A))提案してきた(注1)。さらに、避難勧告などの伝達時にはその根拠情報を伴って(同(B))、避難の理由を理解し実感できるものにすべきと主張してきた。気象庁は特に早期の情報発信に乗り出し、今では、避難準備情報も発信されるようになっている(注2)

参考文献
(注1)田中健次・伊藤誠:「災害時に的確な危険回避行動を導くための情報コミュニケーション」、日本災害情報学会誌、No.1, pp.61-69 (2003).
(注2)内閣府・消防庁・気象庁:「緊急防災に関する調査報告書」、平成16年3月.

■図1 災害時の行動判断のための望ましい情報流通
災害時の行動判断のための望ましい情報流通

 市民が受身の姿勢ではなく、能動的に判断する姿勢が生まれることは、

(1)行政への過剰な期待集中を防ぎ、
(2)「狼少年効果」を回避する

メリットがある。災害時には、行政は全体把握に時間を取られ、被災者や高齢者、要介護者、医療機関などに特に目を向ける必要があるため、共助に最大限の期待をすることは避けられない。したがって、共助に必要となる情報を提供することが必要になるが、災害直後から時間の経過に伴って必要な情報は変化するため、それに合わせた情報提供が必要となる。また、自主的に判断する姿勢があると、災害情報の内容理解の向上やそれらへの不信や過信、「狼少年効果」が起き難くなることも期待される。

 ただし注意すべきは、「情報さえ与えれば人は動く」との考えは間違いであるということである。情報を獲得する必要性を感じさせること、言い換えれば「動機付け」が必要と言われている。最近、多くの自治体で行われているハザードマップの市民による作成などは、当にその動機付けを与える良い企画と言える。防災意識を持った市民を如何に増やすか。防災意識がない人にいくら情報を与えても、自主的な判断には結びつかない。

■情報が円滑に伝わるための工夫

(1)情報集約から情報獲得へ
 情報を「待つ」という仕組みはできるだけ避けるべきだ。情報を集約し加工して伝達するというプロセスは、その処理に時間がかかるし、情報落ちが発生しやすい。それよりも情報を各機関が書き込み、それを必要な人が勝手に見に来るという情報共有型、あるいは情報獲得型が望ましいだろう。重要なのは情報の一元化であり、情報の集中化ではない(図2)

■図2 情報伝達型と情報獲得型
情報伝達型と情報獲得型

 情報を伝達するのではなく、自由にアクセスできるようにしておく。例えば、1999年の東海村の臨界事故の際に列車の運行を止めたJRは、県の地域防災計画では届くはずの情報を待ち続けるだけでなく、報道情報を基に自主的判断で運行停止を決定した。1996年堺市で発生したO-157の集団食中毒の際にも、行政からの対応指示が遅れた各病院では、大阪市立大学附属病院がWebで公開した治療方法にアクセスし自主的に対応した。アクセス環境が整備されてきた現代では、必要な人が情報を獲得できる仕組みを作れば、情報伝達は円滑に進むことが少なくない。

(2)face-to-faceの重要性
 人のコミュニケーションは、言語以外が50%以上を占めると言われている。相手の表情や話し方はもちろん、「Aさんがこのように話すときは、××くらい切迫しているのだ」などの情報を我々は知らず知らずの内に利用している。様々な災害訓練は、顔を合わせるだけでも十分に意味がある。

(3)情報の自動伝達
 避難所の状況を行政が把握するためには、避難所からの情報提供が必要となるが、避難所は避難市民の氏名リスト作成や物資の配給など膨大な作業に追われており、発信情報の加工や受信作業に時間を割く余裕がない。これら現場での作業が、自動的に対策本部に伝わり情報共有できる仕組みができることが望ましい。