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 3月決算を無事に乗り越えた某メーカーを訪れたときのこと。企画・総務・経理といったバックアップ部門が集まる大部屋に顔を出したところ,待ってましたとばかりに,課長クラスの人たちに取り囲まれました。

「タカダ先生,今月(2007年4月)から,当社の製品コストの計算方法を見直さないといけないですね」
ん? どういうことです?
「いやだなぁ,法人税の減価償却制度が抜本的に改正されて,『250%定率法』などが導入されたでしょう。ほら,この記事を見てくださいよ」
H課長から手渡されたスクラップ・ブックを見ると,次の項目が記載されていました。

【2007年度税制改正】
(1)残存価額(取得価額の5%)を廃止する
(2)償却可能限度額(取得価額の95%)を廃止し,備忘価額1円まで償却することができる(注1)
(3)定率法の償却率を「定額法の償却率×250%」とする(注2)
(4)2007年3月末までに取得した減価償却資産(注3)について,償却可能限度額まで達したものは,5年間で均等償却を行なうことができる

 もちろん,これらの内容は知っていますよ。ああ,そうか。これらの項目は減価償却費を増加させることになるから,製品のコストアップ要因として考慮する必要がある,と主張したいのですね?

「その通りです」
H課長は得意満面の表情を浮かべました。

 課長ったら,何を勘違いしているのですか。オカミの定める租税政策によって,企業のコスト計算が左右されることはありませんよ。減価償却制度の改正は,コスト計算ではなく,法人税を通して企業のキャッシュフローに影響を及ぼすものです。それは拙著『ほんとうにわかる管理会計&戦略会計』の501ページ以降でも,「減価償却費もキャッシュフローの一部である」と詳述しています。

「でも,残存価額の廃止や,250%定率法などの導入って,それなりに影響は大きいと思うのですが…」
今度は,K係長がH課長の援軍に加わりました。

 影響などまったくありませんよ。たとえば拙著では,今回の税制改正のはるか以前から,残存価額ゼロを仮定した話をしています。また,『250%定率法』なるものが導入されようとも,会社内部の意思決定に役立つ会計とは何か,という視点に立つならば,「減価償却資産は,定額法を採用すること」という方針に変更はありません。要は,経済的実態を反映した手法を採用することが大切であり,それに沿ったコスト計算を行なうべきなのです。

「コスト計算が,税制に対して不偏不党であることはわかりました。ところで,先ほどのスクラップ・ブックの(4)について質問があります」
A経理課長の質問内容は,たとえば,6月末で償却可能限度額(取得価額の95%)まで達した減価償却資産について,残り5%の部分の均等償却の開始時期はいつからか,というものでした。

「この場合,翌7月から均等償却を行なっていいのでしょうか?」
いえ,その会計処理は誤りです。
「あ,やっぱり,ダメなんですか。法人税の基本通達で明らかにしてもらえれば迷うこともなかったのですが,そうしたことは行なわれないようですね」
当たり前ですよ。そのようなことまで手取り足取り,オカミの指示を仰ぐものではありません。

 税法の体系をきちんと理解していれば,迷うまでもないことです。だからこそ,基本通達でも明記されないのです。ITがどんなに普及しようとも,それを扱う者が法令や制度に明るくないと,無駄な作業ばかりが増大して,コストが空回りしますよ。

 むしろ,均等償却の問題よりも厄介なのは,金型の減価償却ですかね。金型の法定耐用年数は2年であり,定額法での償却率は「0.50(=1/法定耐用年数)」です。これに『250%定率法』を適用すると償却率は「1.25(=0.50×250%)」となりますから,100万円の取得価額に,(100万円×1.25=)125万円もの減価償却費を計上する,なぁんて事態になりかねません。これを企業経営者にどのように説明するか,経理部や会計事務所のお手並み拝見といったところです。

 一番多く予想されるケースは,「IT任せ」となって,減価償却計算の正確性を誰も検証しないことです。それから,固定資産税などでは償却可能限度額や残存価額は廃止されないので,「二重帳簿化」が促進される可能性があるのも問題ですね。それを防ぐために,IT担当者は大変な負担を強いられそうです。

「裏帳簿が合法化されるということですかねぇ」
そういうひねた見方をするのは,H課長だけですよ。

 いずれにしろ,今回の税制改正は,コストの「ブラックボックス化」を加速させていく恐れがあります。そして,問題が起きたときには関係者の間で責任の押し付け合いが行なわれ,訴訟合戦による損害賠償というイレギュラーなコストが積み上がっていくのでしょう。

(注1)取得価額,残存価額および償却可能限度額には,次の関係があります。
(取得価額)=(残存価額)+(償却可能限度額)
(注2)これを「250%定率法」といいます
(注3)減価償却資産とは,建物や機械装置など減価償却を実施すべき固定資産をいいます。これに対し,土地や骨董品などは,非減価償却資産といいます


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■高田 直芳 (たかだ なおよし)

【略歴】
 公認会計士。某都市銀行から某監査法人を経て,現在,栃木県小山市で高田公認会計士税理士事務所と,CPA Factory Co.,Ltd.を経営。

【著書】
 「明快!経営分析バイブル」(講談社),「連結キャッシュフロー会計・最短マスターマニュアル」「株式公開・最短実現マニュアル」(共に明日香出版社),「[決定版]ほんとうにわかる経営分析」「[決定版]ほんとうにわかる管理会計&戦略会計」(共にPHP研究所)など。

【ホームページ】
事務所のホームページ「麦わら坊の会計雑学講座」
http://www2s.biglobe.ne.jp/~njtakada/