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日本情報システム・ユーザー協会 IT匠フォーラム

<前号までのあらすじ> システム企画部課長補佐の角川が社長の福井に直訴したのを機に、JUAS産業のレガシー・システム刷新プロジェクトは一大転機を迎えた。福井はシステム企画部長の金山や製造部門担当役員の浦山と諮って、プロジェクトの一時中止を決断。金山を責任者に据えて、再スタートを命じる。だが、金山にしても、隘路に入り込んだプロジェクトを立て直すのは、容易ではなかった。



 秋風の吹くころ、システム企画部長の金山をプロジェクト・マネジャとする新体制で、JUAS産業のレガシー・システム刷新プロジェクトは再スタートした。事務局役を任された角川は、また忙しくなってきた。プロジェクトの立て直しに向けて、連日のように会議が組まれている。各業務部門へのヒアリングを続ける一方で、再スケジュールのための会議を次々と開き、細かい作業計画を詰めていった。

 スケジュールの再設定は、最優先課題だった。当初予定していた来年5月の全面稼働は遅らせるしかない。だが、業務部門へのヒアリングの結果、半年以上の延期は会社のビジネスに深刻な影響を与えることがわかっていた。新システムの稼働に併せて展開を予定していた新規事業を考えると、3カ月が延期できるギリギリだった。

 「わかった。8月のお盆休みを使って切り替えだ」。金山は来年8月の新システム稼働を決断した。カットオーバーまでに残された期間は、あと1年しかなかった。

イラスト:今竹 智

 角川は、ようやく復帰してきた課長の永山と一緒に、来年8月の全面稼働を可能にする方策を考え始めた。

 当初からパッケージ・ソフトを使う計画だった会計システムと販売管理システムは、まだ何とかなる。問題はやはり、スクラッチで開発を進めてきた生産管理システムと在庫管理システムである。

 稼働を3カ月延期しても、当初考えていた機能をすべて実装するのは、到底不可能だった。生産管理システムと在庫管理システムは全面再構築することになっているが、まったく新規に開発する機能は全体の3割程度。残りの7割はメインフレームで動く現行システムの機能をオープン・サーバー向けに書き換えるにすぎない。

 ところがこれまでの開発スピードでは、現行システムの機能すら全部実現できそうにもない。もちろん現行機能の維持は製造部門に約束しており、今さら撤回するわけにもいかない。

 永山と角川は、生産管理システムと在庫管理システムは今のメインフレームの上でレガシーのまま運用し、オープン・サーバー上で動かす会計システムや販売管理システムと接続する案も検討した。だが、これでは今以上にシステム間の連携が悪くなる。今回の目的である経営のスピードアップには、まったく寄与せず、何のためにレガシー・システムを刷新するのかわからなくなってしまう。

 製造担当役員の浦山が社長の福井と約束した「業務改革によって3年で6億円の売り上げ増」も果たせない。とても、のれない計画だった。

 「システム子会社のJUSAシステムズによるスクラッチ開発という前提では、生産管理システムと在庫管理システムを来年8月に動かすのは困難です」。プロジェクト・マネジャを引き継いだ金山は、永山と角川の報告を聞いてうめき声を上げた。

 JUASシステムズは、よくやってきたと思うが、いかんせんプログラマの集団だ。外部設計のできる技術者が絶対的に不足している。

 かといって、JUASシステムズ以外のベンダーを連れて来るのも無理がある。これだけの規模のシステムをわずか1年で完成させられるほどの実力を持ったベンダーをすぐに確保できるほど、世間は甘くない。

 「JUASシステムズの連中があそこまでできたのも、うちの業務に精通している技術者が少数とはいえ残っていたからだ」。金山は思った。「たとえほかのベンダーから技術者を集めたとしても、生産性を今以上に上げるのは、現在のシステム仕様書のできからして、ほとんど不可能」という気さえしてくる。プログラマだけ集めても、結果はこれまでと同じだ。

 新システムの機能を思い切って減らせばよいのだろうが、金山にそれを言い出す勇気はなかった。今回のプロジェクト迷走の責任は表向き、社長室にあることになっている。だが社内には「システム企画部も同罪」と見なす向きが少なくないのに金山は気付いていた。この状況下で、システム企画部長がプロジェクト・マネジャになっていきなり、「機能を減らします」と言い出すのは安易過ぎる。

 それにプロジェクトの仕切り直しの一件で世話になった上に、社長が要求した業務改革を快く引き受けてくれた浦山のところのシステムの機能を縮小するのは、どうしても避けたかった。「これで機能縮小をお願いしたら、恩を仇で返すようなものだ」。金山は内心つぶやいた。

 「何かほかに方法はないのか」。金山は、誰にも相談することなく、三日三晩悩み続けた。