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ITは米企業に、コスト削減という大きな恩典をもたらしている。しかし、浮いた資金が新しい予算として使えるほど環境は甘くない。米企業のCIO(最高情報システム責任者)は、タイトな予算の中で、どれだけ新しいシステム開発・改善を遂行できるかという難しい任務を課されている。米企業はパソコン1台当たり年間1万ドルの予算を計上するが、その70%から90%はシステムの現状維持のために費やされるという報告もある。残り3割未満の資金をいかに新技術への投資に配分できるかが、CIOの腕の見せどころになる。

 厳しい環境下でも、革新的な動きを見せる金融機関が後を絶たないのが米国の面目躍如たるところだ。米金融I T 紙のバンク・テクノロジー・ニューズ(Bank Technology News)は、2006年に金融業界のIT分野で新しい境地を開いた25の実例を紹介している。いくつかを紹介しよう。

セキュリティを強化する動き続々

 米銀大手バンク・オブ・アメリカの金融犯罪防止チームは、金融犯罪を徹底防止するために、政府の元安全保障担当者を採用し、銀行内の運営の安全管理を担当する役員として任命した。このほかにも元FBI職員を金融犯罪対策上級幹部に、金融犯罪監督ネットワーク幹部を企業内安全対策長など、新しくできた役職に迎えた。社内で安全対策のポリシー・基準を確立するだけでなく、公にも同行が本腰を入れた取り組みを実施しているとアピールすることで、犯罪者的ハッカーやテロリストを遠ざけたい狙いだ。

 米証券・投資銀大手ゴールドマン・サックスは、高いレベルの情報管理を目指すセキュリティシステムの構築に力を注いでいる。その一環として06年9月に、マサチューセッツ州に本拠を置くセキュリティシステム開発会社のリキッド・マシーンズ(Liquid Machines)に出資した。ゴールドマン・サックスは、社内のデータ・セキュリティ・システムをリキッド・ソフトウエアで実現している。

 リキッド・マシーンズはERM(Enterprise Rights Management :企業内アクセス権管理)と呼ばれる分野のセキュリティソフトを開発・販売している。ERM とは企業内の電子文書や電子メールなどへの「アクセス権」を管理・保護する仕組みだ。企業が定める情報管理方針に従って、個別の情報を誰がどのように扱うことができるのか(できないのか)を自動的にコントロールする。この仕組みの下では、アクセス権を持たない人は文書を閲覧することすらできないし、閲覧の権利があってもプリントはできない場合もある。重要な文書を電子メールしようとすれば自動的に暗号化される。

図1●リキッドマシーンズ
図1●リキッドマシーンズ
リキッド・マシーンズは、企業内文書のアクセス権管理や、電子メールの暗号化を自動的にコントロールするツールを提供する。ゴールドマン・サックスが同社のソフトを採用している

 JPモルガン・チェース(JPMorgan Chase)は、顧客企業からの情報アクセスに際し、様々の質問を投げかけることでセキュリティチェックを施すという情報安全管理の試みを実施中だ。情報アクセスに必要な項目として、本物の顧客以外は知らない(取引データとは無関係な)情報をあらかじめ複数登録しておく。それらの情報に関する質問に正答できなければアクセスできない仕組みだ。不正なアクセスを目論む者がデータにアクセスしようとしても、様々の質問がセキュリティガードとなって侵入を防ぐ。

販売促進にもITツール

 定期預金から住宅ローン貸し出しまで消費者向けサービスを無店舗で展開するINGディレクト(ING DIRECT)は、「スマートセル(SmartSell)」と呼ぶIT ツールを使い、電子メールや電話、ウェブなど、複数の経路を効果的に組み合わせた販売促進を実施している。

 例えば、ある顧客が住宅ローンの情報を得ようとして電話で問い合わせてきたとする。スマートセルの働きによってこの情報が登録されると、次にこの消費者が同社のウェブにアクセスした時に自動的に住宅ローン広告が表示されるようになる。スマートセルの導入で「広告から商品の購入につながる率が4倍に跳ね上がった」と同行の販促担当長のジョン・オーウェン氏は言う。

 ワシントン・ミューチュアル(WashingtonMutual)の上級副社長兼CIO のデボロ・ホーバス氏は、ITを使ったサービスを開発したことで功績を上げた。同氏が担当、開発したサービスのひとつが、オンライン操作だけで口座を開設できる「インスタント・チェッキング(Instant Checking)」。

図2●ワシントン・ミューチュアルのインスタントチェッキングのHP
図2●ワシントン・ミューチュアルのインスタントチェッキングのHP
ワシントン・ミューチュアルは、製造業から転じたCIO の下、オンライン操作だけで口座を開けるサービスなどを積極的に開発している

 10分以内の操作で新口座を開くことができるというスピードが売り物だ。06年5月のサービス開始以来、インスタント・チェッキングの利用客は急増、同行によると2.5 分にひとつの新しい口座が開くという。

 06年末時点でインターネット利用の新口座開設は1日平均700件を超す。同行はオンラインでの新口座開設率は、年間25 万件に達すると見込む。

 ホーバス氏はジェネラル・エレクトリック(GE)に25 年間勤めたIT のベテラン。同氏の着任後、ワシントン・ミューチュアルのIT絡みの出費予算は35%減った一方で、資産は12%増加したという。

河原 玉(ニューヨーク特約記者)
本誌ニューヨーク特約記者。ニューヨークを拠点に90 年代前半から経済・産業関係の取材・執筆を続けている。消費・流通産業分野を得意とする