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 CIOオブ・ザ・イヤー2005に輝いた川崎汽船常務取締役の久保島暁さんとお会いする機会があった。久保島さんは、甘い考えを持ってシステムと接している企業が多いと嘆く。「自社システムを作る時に、自分の世界だけでシステムを構築するから、外とのつなぎもできない。まず、自分たちの業務をエンドツーエンドで徹底的に調べること、その場しのぎの対応をしないこと」と、厳しい言葉が続く。だが、久保島さんの考えは、「システム部門にいればこそビジョンが見える」である。3年後や5年後の姿を見て今することを決めるという極めて経営者的な考え方だ。

 久保島さんがこの域に達するまでには、大きな失敗があった。失敗の教訓が久保島さんを変えた。米国でITプロジェクトリーダーをしていたころの話だ。久保島さんが情報部門に配置転換された時、米国でのIT(情報技術)システムがうまくいっていないから、このプロジェクトを仕上げるべしというミッションを与えられた。ところが、プロジェクトの内容を知るにつれ、久保島さんの頭の中ではこれはやめるべきだという確固たる信念が生まれた。だが、ミッションはこれを仕上げるべしだった。サラリーマンだったからだろう、結局、上申できずに悩みながらプロジェクトを終わらせた。

 久保島さんは、6カ月後に論文を書いた。メインフレームを捨て、オープン系にすべしと。提出先は、当時の社長と情報システム部長だった。完成したばかりのシステムをプロジェクトリーダーだった当人から否定された経営者はいったいどう思ったのだろう? 当時、リストラの嵐だった川崎汽船では、仕事を確保するためのスタンドプレーじゃないかとの批判まであった。しかし、自分には選択肢はこれしかないと思った。そして、英断が下された。

 そのかいあって、今の川崎汽船は、IT費用が1998年のメインフレームシステム廃棄以前と比較して半減している。売上高8284億円企業のIT費用はわずか50億円、売上高比率は0.6%にすぎない。その時の論文を若い人たちへの教育素材として使う時もある。サラリーマンも、こういうことを書く時もあるのだ。大切なのは、与えられるミッションでなく自ら示すビジョンだ。

石黒 不二代(いしぐろ ふじよ)氏
ネットイヤーグループ代表取締役社長兼CEO
 シリコンバレーでコンサルティング会社を経営後、1999年にネットイヤーグループに参画。事業戦略とマーケティングの専門性を生かしネットイヤーグループの成長を支える。日米のベンチャーキャピタルなどに広い人脈を持つ。スタンフォード大学MBA