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「IT戦略」をきちんと策定しようとするユーザー企業が増えている。経営者が経営戦略としてIT活用を進める具体策を求めているからだ。IT戦略の策定にあたってはまず,客観的な自社のIT活用のポジションを認識し,社外で実践されているITによる企業革新手法を学ぶべきである。それから革新のテーマを明確化し,トップの意志で目指すポジションと重点テーマを決めることになる。

野間 彰

本記事は日経コンピュータの連載をほぼそのまま再掲したものです。初出から数年が経過しており現在とは状況が異なりますが、この記事で焦点を当てたITマネジメントの本質は今でも変わりません。

 本稿でいう「IT戦略」とは,ITを使って経営を革新するための戦略を意味している。ITそのものの導入計画のことではない。筆者が関係したユーザー企業3社の事例から,あるべきIT戦略策定アプローチを考えてみたい。

電子機器メーカーA社:キーワード先行でIT戦略を策定

 電子機器メーカーA社は,情報システム部長の提案で,「IT戦略会議」をスタートさせた。議長は情報戦略担当役員(CIO)である。会議の目的は,ITの戦略的な活用方法を経営会議に提案することだった。まず,IT戦略会議は,「IT戦略」が何なのかについて議論を進めた。だが,結論が出なかったため,マスコミでよく取り上げられている,サプライチェーン・マネジメント(SCM),カスタマ・リレーションシップ・マネジメント(CRM),電子商取引(EC)といったコンセプトごとに分科会を発足させ,検討を深めることにした。

 分科会は,情報システム部の課長たちが実質的なリーダーとなり,関連部門の中間管理職がメンバーとなった。各分科会は最初のうちは社員だけで検討をしていたが,そのうちにコンピュータ・メーカーやシステム・インテグレータを交えた勉強会になってしまった。メーカーやインテグレータは,IT戦略の策定の先にあるシステム開発やハード/ソフトの受注につながると見て,安い費用あるいは無償で勉強会に協力した。

 勉強会の時間は,主に各システムの定義を明確にすることに割かれた。「CRMには,ビジネス・インテリジェンス(BI)とコンピュータ・テレフォニー(CTI),セールスフォース・オートメーション(SFA)が含まれる。顧客データを分析し,施策を出すのはBI。施策の実行はSFAやCTI」といった具合であった。

 勉強会の結果を経営会議へ中間報告した場では,IT戦略会議の議長であるCIO本人が,「どこの会社に持っていっても使える教科書のようでレベルが低い」と報告の内容を非難する始末だった。社長からは,「一般論は分かったから,当社でこれから取り組むべき点を提案せよ」と指示が下った。

 各分科会は,この先の進め方が分からず,メーカーやインテグレータに再び相談した。しかし,メーカーやインテグレータは,「これ以上は勉強会では進められない。貴社の現状を細かく調査し,基本設計までやらなければ,御社の社長の希望にかなう結果を出せない」と口を揃えた。しかも,各社はかなり高額のコンサルティング・サービスを提案してきた。

 現在のA社の予算では,すべての分科会テーマについて,基本設計はできない。やむを得ず,各テーマに優先順位を付けることになった。しかし,EC,SCM,CRMのどれが一番重要なのか判断のしようがない。

 最終的には,情報システム部がある程度内容を理解していたSCMを重点テーマとした。A社は,インテグレータを選定,基本設計に入った。インテグレータには,「SCMが重要である」という結論を正当化するプレゼンテーションを作らせた。情報システム部はこれを一部修正し,経営会議で説明した。

 経営会議の側も,どのテーマが重要なのか判断できず,SCMを推す「IT戦略会議」の提案にそって,IT投資を進めることになった。このころになると,「ECやCRMで自社をどう革新するか」といった議論はなくなった。しかも,SCMでどのような効果がA社にもたらされるのか,だれ一人として実感がないまま,プロジェクトは進んでいった。

電子機器メーカーB社:他社を訪問,自社の実態を知る

 A社と同じ電子機器メーカーで最大手のB社は,中期経営戦略を具体化していく中で,IT戦略をまとめようとしていた。中期戦略を施策に落としていく過程で,ITを活用する領域が見えてくると考えたからだ。しかし,中期戦略の具体化をいくら議論しても,IT戦略のアイデアが出てこない。

 B社の社長は,役員や部門長のIT関連知識の不足が,IT戦略を策定できない原因だと考えた。そこで全役員に,「IT詣で」と称して国内外の先進企業を訪問させた。社長自身,かつて北米のハイテク企業を訪問して,ITが経営革新と不可分であるという認識を深めた経験があった。

 「IT詣で」の結果,大きく三つの効果がもたらされた。第1は,B社の役員たちがITによる革新を「自分が主体となって行うべきもの」と認識し始めたことである。例えば,北米のある同業者はすでにグローバルなSCMの仕組みを完成していた。このメーカーはSCMの専門組織を設置し,副社長が部門長に任命された。この専門組織が高度な情報システムを用いて,全世界にある在庫の大幅な削減を達成していた。

 B社の役員に対し,北米メーカーのSCM担当の副社長はSCM部門の使命を,「グローバルな在庫の最小化」だと説明した。続けて,「時には欠品が起こるというリスクを承知の上で,在庫レベルや生産枠を決定するには,副社長クラスの意思決定が必須」と強調した。SCMシステムの投資額は数十億円に上ったが,在庫削減に成功したため,システム構築後3年目で回収のめどが立っていた。

 こうした説明を聞いて,B社の役員は,SCMは単なるシステムの名前ではなく,経営課題であることを理解した。すなわち,数十億円の投資,グローバルな在庫責任を各事業部門から1部門への集約,在庫に責任を持つ部門の責任者のアサイン,といった意思決定が欠かせない。これらはいずれも,役員の問題であることを認識した。

役員が企業革新への執着心を醸成

 IT詣での第2の効果は,企業革新への執着心が醸成できたことだ。実際に先進企業の現場へ行き,各社が苦労の末に達成した革新効果を目の当たりにすると,「これなら当社でもできるかもしれない」,「やらなければ,グローバルな競争で後れを取る」といった認識が深まった。

 とりわけ,さきほど紹介した北米の同業者への訪問で,自社の取り組みが数年遅れていることが分かると,B社の全役員の間に,「ITによる経営革新に不断の決意で臨む」という合意が形成された。

 IT詣での第3の効果は,B社の役員が,自分たちにITの知識がいかにないかを認識した点だ。「IT詣で」の前,役員の多くは「ITは現場の仕事である」と認識していた。自分たちが適切なIT投資の意思決定さえすれば,後はITの専門家が何とかする。したがって,昨今はやりのITに関する知識の詳細は,自分たちの領分ではないと考えていた。

 しかし,先進企業の実態を知るにつれ,「ITを活用した経営革新方法」という経営者が本来持っているべき知識領域が純然と存在すること,この知識に関して自分たちがほとんど無知であること,が分かってきた。

 一例を挙げれば,B社の役員はCRMについて,顧客データベースの構築と分析ツール導入に関する投資を決定し,データ分析の専門家と顧客向け施策を策定する専門家さえ配置すれば,後は彼らが拡販策を継続的に出していくだろうと考えていた。

 ところがB社の役員は,北米のあるサービス会社でCRMについて聞き,自分たちの理解が誤っていたことを知った。データを分析する前に,商品を拡販するための切り口を見つける。その切り口にそってデータを分析し,拡販策の立案・定着をする。そのためにかなりのリソースを投入する。拡販策が定着するまでは経営者がCRMの推進の先頭に立つ。こうしたことが必要であると学んだ。

 B社が訪問したサービス会社は,CRMシステムの確立前と比べ,市場調査や拡販策の試行にかかわる予算とマーケティング関連の人員を倍以上に増やしていた。さらにCRMが組織に定着するまでの間,担当役員を部門長に据えていた。

ITによる経営革新の知識を蓄える

 B社の役員は,「IT詣で」の後,副社長を座長とする「IT検討委員会」を発足させた。IT検討委員会の目的は,「ITによる経営革新の最大ポテンシャルを明確化し,中期戦略と統合してIT戦略を確定すること」である。

 B社は,「中期戦略からIT戦略が出てくる」という幻想を捨て,ITによる経営革新の方法を徹底的に検討し,その結果を中期戦略に織り込むようにした。こうして,ITによる経営革新を含む中期戦略が完成した。

 出来上がった中期戦略の中で,ITにかかわる投資やIT導入による業務プロセス革新の部分をまとめて,より具体化したものが「IT戦略」になる。IT活用による革新は,IT戦略のみならず「組織戦略」や「生産戦略」にも反映されていく。

 IT検討委員会はまず,世界中の異業種先進企業の事例を調査し,「ITを活用した企業革新の知識」を増強した。競争相手に追いつき追い越すための「IT活用による最大ポテンシャル」は,競争相手をこれ以上調べても出てこない。そこで異業種の先進事例から触発を受け,そこから先は自分たちで創造すべきだと考えた。

 先進企業の調査では,企業革新の効果と同時に,革新達成のために必要な組織や制度の変革,必要リソースを調べた。これらの検討結果と中期戦略を統合した結果,B社はITを用いた革新に対する確固たる意思決定を下した。