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 これまで、「今日のCEOにもっとも必要とされるものが情報責任である」とするピーター・ドラッカー氏の指摘を紹介しつつ、IT経営について考えてきた。前回の内容は、CEOだけではなく関係者全員が情報責任を果たす必要がある、というものであった。すなわち、事業担当役員から中間管理職、現場の社員までが、各自にとって必要な情報を考え、企業全体で情報を活用する仕組みを確立できるように、それぞれが情報責任を果たさなくてはならない。

 情報責任を果たすために必要な能力を「情報リテラシー」と呼ぶ。「CEOの情報責任」に関する指摘は「コンピュータ・リテラシーから情報リテラシーへ」という論文に出てくる。同論文は、2002年に出版された『ネクスト・ソサエティ』(上田惇生訳、ダイヤモンド社刊)に収録されている。

 時代の変化とともに、われわれ自身が変化しなければならない。読み書きと掛け算に毛の生えた程度の最低限のコンピュータ・リテラシーから、情報を使ってものごとをなしとげるという情報リテラシーの域に達しなければならない。それは面白く価値のある挑戦である。

 このように、コンピュータ・リテラシーと情報リテラシーとはまったく異なる。コンピュータ・リテラシーとは、コンピュータを操作し、使う能力である。一番分かりやすいのは、パソコンの操作に習熟することであろう。また、最近あまり見かけないが、ITリテラシーという言葉もある。ITはインフォメーション・テクロジーの略であるから、ITリテラシーはコンピュータ・リテラシーに近い。
 一頃、電子メールを愛用している経営者を、情報リテラシーが高いとするかのような報道がメディアでなされた。そうではなく、問題は電子メールで得た情報をどう使っているかである。経営者には情報を使ってしかるべき意思決定ができる能力が求められる。それがすなわち情報リテラシーである。つまりITの「T」についてだけではなく、「I」に関するリテラシーを高めなければならない。
 極端なことを言えば、情報リテラシーとコンピュータ・リテラシーには関係がない。コンピュータを操作できなくても、情報を使って意思決定を下すことは可能だからだ。そもそもコンピュータから出てくるものだけが情報とは限らない。経営者はコンピュータが出す計算結果を見るかたわらで、時間を見つけては現場に行き、生の情報に触れる必要がある。
 とはいえ、ドラッカー氏は「コンピュータ・リテラシーをもたないならば、社員からの敬意を期待してはならない。彼らにとっては日常のことである」とも書いている。コンピュータの操作は当たり前として、さらにその次のステージに向かうべき、ということである。

 われわれの眼前に膨大な仕事が横たわっている。第一に、情報に通暁しなければならない。そのためには、一人ひとりが情報リテラシーを習得する必要がある。(中略)情報を仕事の道具として見なければならない。(中略)第二に、外部で起こっていることを理解するために、その情報リテラシーを実際に使わなければならない。

 しかし「情報に通暁」しようとしても、情報は社内外に無限にある。しかも、その大半は整理されていない。どのような情報にどのようにして通暁すれば成果を挙げられるのか。ドラッカー氏は他の論文で、経営に必要な情報について詳しく論じている。それについてはおって紹介していきたい。

(文・ドラッカーのIT経営論研究グループ)


ドラッカーのIT経営論研究グループ:社会生態学者、ピーター・ドラッカー氏の情報およびITに関する論考を読み解くことを目的とした有志の集まり。主要メンバーは、ドラッカー学会に所属するIT産業関係者である。