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桜井君の目から悔し涙がこぼれました。菅原機械の商談でハードの見積もりを依頼したロムラン電子に、提案内容をパクられてしまったのです。協業先があっと言う間にライバルです。中田課長と抗議に出向いたものの、逆に屈辱的な対応を受けました。一方、坊津君と猫柳君の商談でも当て馬に使われていることが判明。第三営業部は相次ぐピンチを乗り切れるのでしょうか?


「うかつだった」
 帰りのタクシーの車中、中田課長が吐き捨てるように言いました。だれに言うでもなく、自分に対して強く腹が立っているようなつぶやきでした。

「どうしようもないんですか?」不安げな桜井君。
「ロムランに競合に入られたのは確実だ。パクられたのはハードのスペックだけだろうが…あっちはあの遠藤だ。何を仕掛けてくるやら分からない」
「下に入るなんて嫌ですよ。僕がイチから開拓してきたお客様なんですよ」
 桜井君はまだ、目の周りと鼻の頭が赤いままです。
「気づかなかった僕がバカなんですけど」
「桜井、やってしまったことはしょうがない。反省はこの商談が終わってからにしろ。まだ負けが決まった訳じゃない。優位性は変わっていないはずだ。とにかく早く、菅原機械に行って客からウラをとらないと動きようがない。すぐにアポイントを取れ、なあに、競合が1つ増えただけじゃないか」
 そこまで言うと中田課長は『最悪の競合だけどな』という言葉を飲み込みました。

(数年前)
「遠藤、貴様、何やってんだ?」
 血相を変えて遠藤の席に中田がやってきました。
「いつの間にこんな提案内容になってるんだ」
「だから、あれですよ。話をつけたんです」
「どういうことだ?」
「下請けのソフトハウスを前に立たせた。プライムをとらせただけですよ」
「テクノランドのことか? それにしても、なんでこんなバカでかいハード構成に変わっているんだよ!」
「今期のハードの販売ノルマが未達ですから、大きめのサーバーに変更したんですよ」
「…提案総額が変わってないのはどうしてだ?」
「ぎりぎりの金額ですからね。ハードを上げた分だけソフトを下げないといけませんから、テクノランドさんに下げてもらいました。2000万円ほどですが」
「お前…日頃おれが教えてきたことと全く逆のことをやってるじゃないか!」
 中田は遠藤の胸ぐらをつかむと、気色ばんで言いました。「遠藤、どういうつもりだ! 利益は協力会社にも還元しろ、無用な費用は削って客の経営に協力をしろって言ってるじゃないか、それを…」
「きれい事、言わないでくださいよ!」
 遠藤は中田の手を振り払いました。

「これでやらなきゃ、うちのチームのノルマは達成できないんですよ! 2期連続で未達になれば『ハラキリ、プリーズ』って言われてるんですよ! 俺、まだ中田さんと仕事したいんです」必死で食い下がる遠藤でした。
「テクノは本当にこのコストに耐えられるのか。無理だろう。この価格じゃ、バックリベートも出せないんだぞ。分かってるのか」
「向こうの社長がやるって言ってるんです。中田さん、今回だけは俺のやり方も認めてくださいよ」
 中田も遠藤も20代の頃。腹を割って付き合っていたからこそ激しくぶつかりあった二人。結局、中田が折れ、この期のノルマは達成されましたが、このあと間もなく中田はロムラン電子を去ったのでした。

(イラスト:尾形まどか)

 お互い手の内を知り尽くした相手。そして遠藤は、中田課長のフェアプレーを疑問視していました。そして、現時点の彼我の立場を目の当たりにした今、その疑いが確信に変わっているはずです。先ほどの応接で見せた、人懐っこい笑顔の裏に隠された二面性。抜け目なくチャンスは必ずものにする、最悪かつ最強の男を敵に回してしまったと思う中田課長でした。
『佐々木さんが部長付に…で、遠藤が部長代理。いくら実力主義といっても、何があったんだろう。遠藤の次の一手はなんだ? やはり、上を使って無理やり商談にもぐり込んでくるか。それとも…』

「課長、課長!」
「あ、すまない。少し考え事をしていた」
「課長はロムランのOBだったんですね」
「実力主義という名の下で、机の上の見込み客データは同僚に盗まれて当然という、殺伐とした会社が嫌になったんだよ。隠していたわけじゃないんだが…」
「いえ、課長を責めているんじゃありません。あの遠藤ってやつが…あ、すみません」
 桜井君は、いつもあれほど頼りにしている中田課長のことをほとんど知らないことに気付きました。

「課長! こっちです」
 改札を出た中田課長に手を振る坊津君と猫柳君がいます。午後イチで彼らに合流した中田課長はあわてて気持ちの切り替えをしなければなりませんでした。
「急な外出は何だったんですか?」
「それは後回しだ。今は目の前の案件に集中しよう」
 心配そうに尋ねる坊津君をいなして、中田課長は平成スタッフに向かって歩き出しました。まるで、その言葉は自分に言い聞かせるかのようでした。

「今日は一次予選で、3社残し次回提案で決定というわけだな」
「そうです。昨日呼び出されて概算価格の指定があったと…」「で、その後の指値で本日の提案金額は3億円を少し切る2億9000万円です」
 坊津君と猫柳君が口々に答えます。
「コストは?」「現在の提案範囲で計算しますと、原価はソフトで1億円少々です」
「提案内容は?」「課長の指示通り、今朝、極秘で先方の河合主任にメールで確認をいただいています」
「よし、琵琶通も予定通り3億円の提案で二次選考に残り、そこからキッチリ見積もりをして正面から勝負というストーリーだったな」
「はい」「真っ向勝負です」
 3人は気合十分で平成スタッフに到着しました。

「以上で提案範囲の説明は終わります。最後に概算価格をご提示いたします」
 いつもの応接ではなく、今日は大きな会議室でした。声がよく通る部屋で自信を持って話す坊津君。ちょっとかっこいいなと思って自己陶酔しています。あとは価格のページを説明すれば、プレゼンは終了です。
「ちょっと待ってください」
 そう言ったのは、今回初登場で坊津君たちと面識のない総白髪の人でした。名刺を確認すると、相手方の面々は情報システム部の広石課長、人事部の河合主任に取締役人事部長、情報システム部長の4名でした。

「現段階での概算は拙速ではないですか?」
 白髪の人は情報システム部長でした。
「準備しているなら提出していただきましょう」広石課長がすかさず口を挟みました。
「しかし、新規参入のこちらの会社がどこまで責任を持った提案をできるというのだね? 現状ではまだヒヤリング不足ではないのか」
 情報システム部長は中田課長の方に向き直って聞きました。「現実とのブレは相当大きいと思われますが、今からうかがう数字にどこまで意味があるのですか? その数字が、我々の判断に大きな影響を与える可能性が高いと思われるので、お教え願いたいのです」

『だから僕は無理だって言ったんですよね。でも、出さないと落とすって広石課長が脅かすから、持ってきたわけでしょう。一応根拠はあるけど、まだまだブレますよ。それに、その根拠を言ってしまうと、河合主任が味方してくれたことがバレちゃうしなあ。中田課長はどうやって切り抜けるんだろう。広石課長も考えこんでしまったぞ。坊津さんはパニクって口パクパクさせてるし。あはは、面白ーい! このおじさん、初登場なのに至極まっとうなこと言うなあ』
 猫柳君はざっくばらんにしゃべりたい衝動を抑えながら、次の展開を期待して見守っていました。

「では、横山様のご指摘にお答えいたします」
 中田課長がゆっくり立ち上がりました。
「ご指摘の通り、弊社も現段階での見積もりは危険だと思いましたが、それを理解したうえで役員決裁をとって参りました。今回のお見積もりはあくまで概算でございます。しかし範囲指定、条件限定をかなり詰めて参りました。新規参入企業として、限られた情報から現状でできる限りのものを提出させていただいたということで、ご理解をお願いいたします」
「金額ではなく、限られた条件の中でどこまで力が出せたかというところを見ろ、とおっしゃるのだね?」情報システム部長の横山氏が確認しました。
「その通りです。とにかく、まず内容をご覧ください。ということでよろしいですか? 皆さん」

 出席者全員が、それぞれ別の理由ですが、得心した様子でうなずきました。(次回に続く

今号のポイント:ピンチをチャンスに変える「臨機応変力」を磨け

 「持ち帰って検討します」とは、よく使うセリフです。普段ならこれでいいでしょう。しかし突然のチャンス、ピンチのときにそんなことでは間に合いません。お客様があなたの人間性を信頼してくれるタイミングかもしれませんし、ピンチをばん回できるタイミングかもしれません。そんな時に「持ち帰って」では、子供の使いだと思われてしまいます。あなたに肩書があるならなおさらです。「管理職だから無責任なことは言えない」などと開き直ってはいけません。権限を最大に生かし、経営者の名代として勝負する義務があります。肩書がなければ気楽にいきましょう。臨機応変に自分の責任と言葉で勝負しましょう。勝負の数だけ「臨機応変力」は磨かれます。

油野 達也
自らもトップ営業として活躍しながら、自社の営業担当者だけでなくパートナー企業の若手営業、SE転身組を長期にわたり預かる育成プログラムに尽力。ITコーディネータのインストラクター経験もあり。