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 ドラッカーのIT経営論を考えるにあたって、本欄ではこれまで、企業が社内の情報を処理するために使うコンピューターシステムを主に考えてきた。いわゆる「企業情報システム」の領域である。いかにして企業情報システムを維持し、発展させていくべきか。このテーマは非常に重要だが、ITを適用できる範囲は企業だけにとどまるものではない。ITは本来、もっと様々なことに利用できる技術である。
 そこで今回は、コンピューターはまだごくごく一部の仕事にしか使われておらず、さほどの影響を世の中に与えていない、本格的に世の中を変えるのはこれからだ、と説くドラッカー氏の論考を紹介する。
 それは1999年に書かれ、『アトランティック・マンスリー』誌に掲載された論文である。「IT革命の先に何があるか?」という題名で、『プロフェッショナルの条件』(上田惇生編訳、ダイヤモンド社)あるいは『ネクスト・ソサエティ』(同)といった単行本に収められている。この論文は「IT革命は産業革命になれるか」と改題され、2005年に出版された『テクノロジストの条件』に再録された。
 題名に「IT革命」という言葉が使われているが、はっきり言って、マスメディアの世界において、「IT革命」とは死語と言ってよい。5、6年ほど前、新聞や雑誌上でいやになるくらいこの言葉が踊っていたが、今や滅多に見聞きしない。IT革命という言葉を流行らせたジャーナリズムは、この言葉に飽きてしまったのである。
 ドラッカーはIT革命をどのように定義しているのか。

「IT革命とは、実際には知識革命である。諸々のプロセスのルーティン化を可能にしたのも機械ではなかった。コンピュータは道具であり、口火にすぎなかった。ソフトとは仕事の再編である。知識の適用、特に体系的分析による仕事の再編である。鍵はエレクトロニスではない。認識科学である」

 体系的分析とは、システムズ・エンジニアリングあるいはインフォメーション・エンジニアリングと言い換えてもよい。つまり、IT革命とは、情報を活かして、仕事を改革・再編することである。この定義は納得できるものだが、わざわざIT革命と呼ぶ必要がなかったと言える。なまじITという英語を使ってしまうと、「鍵ではない」エレクトロニクスが目立ってしまう。
 この論文が発表された1999年とその前後、エレクトロニスの技術革新により、社会に革命が起きるかのような報道が行われた。日米のメディアは、ドラッカーのこの論文を読み込むべきであった。実は今からでも遅くはない。IT革命は死語になったが、このところ、ユビキタス革命という別な言葉が登場しているからだ。
 さて、「仕事の再編」である「IT革命の先に何があるのか」。同論文の冒頭部分を引用してみよう。

IT革命のインパクトは現われはじめたばかりである。問題は、情報そのもののインパクトではない。人工頭脳のそれでもない。意思決定や政策や戦略に対するコンピュータのそれでもない。10年、15年という、ついこの間まで予測どころか話題にもなっていなかったもの、すなわちeコマースのインパクトである。製品やサービスの取引にとどまらず、知識労働者の求人求職にさえ使われるようになった、大流通チャネルとしてのインターネットが与えるインパクトである。

 eコマースとは、エレクトロニックコマースのことで、直訳すると「電子商取引」となる。インターネットを介した、書籍売買やオークションサービスを指す。「EC」と略記することもある。
 「インターネットが与えるインパクト」として、ドラッカーはeコマースのほか、情報収集の可能性を指摘する。『ネクスト・ソサエティ』に収録された別の論文「ネクスト・ソサエティに備えて」に、次の指摘がある。

外部の世界の情報が、ついにインターネットで手に入るようになった。依然としてばらばらではある。しかしようやくマネジメントは、外部の世界についての情報システムをつくるための一歩を踏み出すことができるようになった。すなわち、いかなる外部の情報が必要かを考えることができるようになった

 企業情報システムの問題として、ドラッカーは社内の情報しか扱えず、もっとも重要な「非顧客」の情報が欠落していると指摘してきた。この問題を解決する糸口として、インターネットがあるというわけだ。
 ドラッカーはインターネットを高く評価し過ぎではないか、と見る読者がおられよう。確かに、eコマース企業の株式公開ラッシュは終わり、生き残ったeコマース企業はごくわずかである。インターネット上にたくさんの情報があるものの、玉石混淆の状態であって、どこに玉があるのかよく分からない。そもそも、ほとんどが石であるかもしれない。
 確かに、今回引用した文書だけを見ると、インターネットバブルが発生していた時期に数多く見られた「インターネットはすごい、世の中を変える」といった類の意見のようだ。しかし、ドラッカーは彼の歴史観から、インターネットを評価しており、単純な礼賛とは違う。次回、その点を見てみたい。

(ドラッカーのIT経営論研究グループ)


ドラッカーのIT経営論研究グループ:社会生態学者、ピーター・ドラッカー氏の情報およびITに関する論考を読み解くことを目的とした有志の集まり。主要メンバーは、ドラッカー学会に所属するIT産業関係者である。