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 ドラッカー氏は、金銭重視の考え方に対する批判をあちらこちらで述べている。例えば『ネクスト・ソサエティ』には以下のような文がある。

「資本主義に対しては重大な疑念を抱いている。経済を最重視し偶像化している。(中略)人間として生きるということの意味は、資本主義の金銭的な計算では表わせない。金銭などという近視眼的な考えが、生活と人生の全局面を支配することがあってはならない」。

 こうした考えから、ドラッカー氏はストックオプションについて全面否定の立場である。金で人、特にテクノロジストを惹きつけることはできない、と随所で述べている。そして「株価に気をとられずに、知識労働者の価値観について考えなければならない」と説く。興味深いのは、ドラッカー氏が投資銀行で働いた経験を持つ元金融マンであるにもかかわらず、「株価は実需ではなく、ディーラーの思惑によって動いているにすぎない」と言い切っていることだ。
 ドラッカー氏は、ストックオプションを導入している、ある大手コンピュータ・ソフト会社の実名を挙げ、「(その会社の)OBは古巣を嫌う。金銭関係しかなかったし、名をあげたのはトップだけだという」と痛烈な批判を書いている。このソフト会社の実名を知りたい方は、ネクスト・ソサエティ単行本の92ページを読んでいただきたい。
 ただし、このソフト会社の名誉のために書いておくと、若手に思い切って仕事を任せるという社風があった。もう10年近く前のことだが、このソフト会社がニューヨークでアナリストやジャーナリスト向けのセミナーを開催し、筆者はそれに参加する機会に恵まれた。発表された製品そのものには特に感心しなかったが、説明のために登壇するディレクターやマネジャが一様に若いことにある種の感銘を受けた。彼らは喜々として自分の担当する機能や製品がいかに素晴らしいかを述べていた。金につられただけでは、あの情熱は出てこないのではないかと思う。
 誤解を避けるために蛇足を付け加えると、ドラッカー氏は技術者に高給を払う必要がない、などと述べているわけではない。高給を払ったからと言って技術者のやる気を引き出せるとは限らない、と言っているのである。かつて、ある国産メーカーの役員が「技術者は会社の金で研究をしたり、ものを作ったりして楽しんでいる。だから、給料が安くてもよい」と放言した。ドラッカー氏は間違いなく、この発言をとがめただろう。

(谷島 宣之=ドラッカーのIT経営論研究グループ)


ドラッカーのIT経営論研究グループ:社会生態学者、ピーター・ドラッカー氏の情報およびITに関する論考を読み解くことを目的とした有志の集まり。主要メンバーは、ドラッカー学会に所属するIT産業関係者である。