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日本株式会社は、今日に至るも、世界中を畏怖させている。しかしながら(中略)日本でも計画は、ソ連流計画や社会民主主義的計画と同じように、ほぼ失敗だった。(中略)日本の成功した産業のうち、政府の計画によるものはほとんどない。自動車、民生用電子機器、カメラの成功は、政府の計画によるものではない。(中略)日本で政府がつくりあげようとしたのは大鉄鋼業だった。しかしそれはおそらく日本にとって、もっとも高価な誤りだった。(中略)日本は、大型コンピュータや超大型スーパーコンピュータをターゲット産業として育成してきたが、実際に成功したのは、政府が検討さえしなかったパソコンだった。日本は、製薬業や電気通信産業を世界的水準に育てることにも成功していない。日本の政府は、第四のターゲット産業として選んだオフィスオートメーションで辛うじて成功しつつあるにすぎない。したがって日本の政府が目的を達成したと言えるのは、半導体産業だけである。

 1989年に出版された『新しい現実』(ダイヤモンド社)の第10章「経済開発の矛盾」からの引用である。経営やビジネスにITをどう活かすかを考える本欄にとって、直接関係ない話だが、日本のIT産業の競争力に関連する指摘であるので、番外編としてあえて紹介する。
 「日本の成功した産業のうち、政府の計画によるものはほとんどない」という指摘は、17年後の今も正しい。17年前、成功事例に数えられていた半導体産業の現状を見ると、「ほとんどない」を「まったくない」に改める必要があるかもしれない。
 輸出により外貨を稼がないと立ち行かない我が国であるが、17年前と今日を比べてみると、稼ぎ手は「自動車、民生用電子機器、カメラ」であって、まったく変わっていない。「辛うじて成功しつつある」と指摘されていたオフィスオートメーションとは何だろうか。OAという言葉は死語になってしまったが、プリンタや複写機を指すのであろうか。これらも民生用電子機器の一部である。一方、成功例に入れられているパソコンは、国際競争力については厳しい評価を下さざるを得ない。
 大型コンピュータの輸出は、1980年代から90年代にかけての一時期、大変な利益を上げた。しかし、米IBMの猛反撃にあって、日本メーカーはこのビジネスから撤退してしまった。超大型スーパーコンピュータだけはかなり長い間、日本企業が採算度外視で処理性能世界一の座を守っていたが、今では米国勢に逆転されている。
 表題に付けた「日本IT産業の競争力」は、これだけで特集記事あるいは単行本が書ける非常に大きなテーマである。戦略の問題、日本市場が中途半端に大きかったことの弊害、ソフトウエアや知的財産にかかわる問題、など色々な観点から検証すべきであろう。ただし煎じ詰めると、イノベーションの欠如ということではなかろうか。冒頭で引用した下りの少し後で、ドラッカーは次のように書いている。

 日本は、技術や科学のいかなる分野においても、主導的な地位に立とうとしなかった。今日までのところ、日本の経済開発は、主として輸入科学にもとづくものであり、他の国で開発された技術の改良によるものである。

 ここでドラッカーは、イノベーションを追求しない日本のやり方についてプラスの評価もマイナスの評価もしていない。改良技術を掲げた日本株式会社は、低賃金輸出政策と国内の幼稚産業保護政策を組み合わせて大きな成功を収めたわけだが、「この政策もついに終点を迎えようとしている」と述べている。
 イノベーションとは技術革新にとどまらない。ビジネス全体のイノベーションでもよいのである。日本で開発されたビジネスで、日本が主導的な立場にあり、世界へ輸出できるものとして、さて何があるだろうか。

(谷島 宣之=ドラッカーのIT経営論研究グループ)


ドラッカーのIT経営論研究グループ:社会生態学者、ピーター・ドラッカー氏の情報およびITに関する論考を読み解くことを目的とした有志の集まり。主要メンバーは、ドラッカー学会に所属するIT産業関係者である。