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 2005年10月14日、2004年3月3日、日経ビジネスEXPRESS(日経ビジネスオンラインの前身)に、『2億対1000万、携帯電話で大差がついた訳』というコラムを書いた。このコラムのテーマは、日本の製造業に関するもので、情報化と直接関係はない。ただし、携帯電話は情報化の有力な道具であるので、今回はこの記事を再掲する。


 2億対1000万で勝負になるのか。日本の携帯電話メーカーはこの難問に直面している。2億とは、フィンランドのノキアが年間に販売する携帯電話の台数である。ノキアを追いかける米モトローラと韓国のサムスン電子はそれぞれ年間1億台を販売する。これに対し、十数社ある日本の携帯電話メーカーの年間販売台数をすべて足しても6000万台。1社では、日本最大手でも1000万台程度に過ぎない。
 つまり、日本の最大手であっても、携帯電話の世界トップ企業と比べると、20分の1から10分の1しか生産・販売していない。これだけ差がついてしまうと、部品の調達コストに大きく効いてくる。日本メーカーは、トップ企業に比べ、高い部品を使わざるを得ない。日本勢は売上高だけではなく、利益率においても、トップ企業の後塵を拝することになる。

高機能高品質でも売れない謎

 以上の指摘は、アナリストの太田清久氏(SOZO工房取締役パートナー)の論文からの引用である。筆者は「日経ビズテック」という技術経営戦略誌の編集に携わっているが、その第9号において「停滞産業復興計画」という特集を企画した。日本勢が振るわない、いくつかの産業を選び、専門家の方々に立て直し策を寄稿してもらった。停滞産業の筆頭に取り上げたのが、携帯電話であった。
 私事を書くと、筆者は携帯電話を利用していない。記者という仕事柄、「携帯電話を持て」という指示や要望があるのだが、わがままを言って拒否している。携帯電話を持たない明確な理由を持っているわけではないが、今のところそれほど仕事に支障を来さないからだ。少なくとも本人は、支障を来さないと思い込んでいる。しかし街角の公衆電話が着実に減っているので、いつかは持たざるを得なくなるかもしれない。
 携帯電話を使っていないため、正直言って、携帯電話産業にもさしたる関心はなかった。ただし数年前、松下電器グループの幹部に会った時、「オール松下の利益の大半は携帯で稼ぎ出しています」と言われ、「携帯電話は儲かるのだなあ」という感想を抱いたことはよく覚えている。
 こうした背景があったため、太田氏の寄稿は、筆者にとって非常に新鮮であった。ひょっとすると携帯電話をお使いの読者の方々にとっては既知のことかもしれないが、あえてご紹介しようと思った次第である。
 太田氏によると、今日でも「日本の携帯電話は、機能面や品質で世界最高水準である」。確かに、あの小ささで動画の撮影や送信までできると聞くと、大変な技術だと思う。にもかかわわらず、世界市場で日本メーカーの存在感がないのはなぜか。太田氏の結論は「高機能で高品質の優れた商品を作りさえすれば、世界中で売れるという思い込み」が原因という。一方、ノキアは「欧米のユーザーにとって、値頃感のある価格帯の製品を開発し、的確に市場に投入した」。

全体のデザイン力に課題

 数日前、知り合いのコンサルタントが打ち合わせに来られたので、停滞産業復興計画特集の掲載誌を見せ、携帯電話の話をした。彼は「日本メーカーの製品は、全体のデザインがバランスを欠いている。何か歪んだ印象を受ける」と言った。ここで言うデザインとは意匠だけを意味しない。使いやすさ、機能、意匠をすべて含めた全体の調和のことである。「結局、利用者が本当に望んでいるものが何か、日本メーカーは把握できていないのではないか」と手厳しい批判を述べる彼は、ノキア製携帯電話を使っている。
 高品質高機能低コストの製品を作っても、それだけでは売れなくなっている事実は、いくつかの産業を見ていると分かる。もちろん、日本メーカーの品質と機能へのこだわりと、工場におけるコストダウンの努力は大変なものだ。ただ、それだけでは世界市場で勝てなくなっている。
 停滞産業復興計画特集において、取り上げた産業は携帯電話のほか、IT、時計、家庭用ゲーム、半導体、アパレルである。いずれの産業においても問題点は似通っている。「日本国内の競争に終始し、世界を見ていない」「属人的な技術に固執し、汎用化ができなかった」などだ。

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 このたび発足した安倍内閣が表明した取り組みの中で、目玉の一つはイノベーションである。技術革新はあったものの、それを成果に結びつけられなかった停滞産業の失敗原因を分析した上で、長期戦略を立てて頂きたいと思う。

(谷島 宣之=日経ビジネス編集委員)