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 「不条理なコンピュータ研究会」という、いささか不思議な名称の組織がある。この研究会は「不条理なコンピュータ」の事例を集め、発生原因と予防方法を議論している。コンピュータが不条理であるとは一体、どういう状態を指すのか。

 広辞苑で「不条理」を引いてみると「道理に反すること。不合理なこと」とある。さらに「実存主義の用語で、人生に意義を見出す望みがないことをいい、絶望的な状況、限界状況を指す」とも書いてある。

 この両方の意味を、不条理なコンピュータは持つ。つまり、道理に反してコンピュータを使おうとした例、コンピュータ導入に意義を見出す望みがない絶望的な例、などである。本来なら、コンピュータを導入するに当たって、必ず何らかの目的があるはずだ。しかし現実には、目的が曖昧どころか、最初から問題があることが分かっていながら、様々な事情で軌道修正ができないことがある。 

研究会が集めた典型例をいくつか挙げてみよう。

●電機メーカーの社長が「ERP(統合基幹業務システム)パッケージソフトを使えば業務改革ができる」と導入プロジェクトを始めた。しかしパッケージを導入すると業務の改悪になることが判明。社長は社外コンサルタントの方を信用し、現場の進言を聞き入れない

●ある金属部品メーカーで納品の遅れが目立つようになった。原因はISO9001の認証取得活動であった。ISO関連コンサルタントが「生産記録を紙で残せ」と指導。このメーカーは生産管理システムの機能を限定し、廃止していた紙を復活させたため、管理レベルが前より落ちてしまった。

●産業機械メーカーと販売保守子会社は、両社の情報システムを一体化する計画を立てた。発端は、メーカーの社長が「一貫したサプライチェーンを作る」と言い出したこと。しかしIT(情報技術)企業の提案は業務面への配慮がなかった。猛反対した販売保守会社の担当者は異動させられた。

システムアナリストの有志が不条理を研究

 不条理なコンピュータ研究会は、日本システムアナリスト協会という団体の中の有志によって2002年春に設置された。日本システムアナリスト協会は「システムアナリスト試験」の合格者を中心とする団体である。企業の情報システム担当者、IT関連企業の社員、独立コンサルタントなど多彩なメンバーが参加している。

 研究会のメンバーは現在8人。研究会メンバーは全国に散らばっているので、主にメーリングリストを使い、不条理なコンピュータに関する情報交換と議論を続けている。

 2002年10月から、研究会のメンバーたちは、情報システムの総合誌「日経コンピュータ」において、不条理なコンピュータの事例を発表してきた。その結果、2年間で32件の事例が集まった。8人で32件の事例を見つけられたのだから、世の中には相当な数の不条理なコンピュータが存在すると言える。

現状維持の理由は「前任者がまだいるから」

 筆者も長年の取材を通じ、不条理な事例に遭遇したことがしばしばある。思いつくままに2、3挙げてみよう。

●ある金融機関が外部企業と接続するシステムを更新する際、日本独自の技術仕様を継続して利用することを決定。外部の専門家が、国際標準となっている仕様に替えるように薦めたが拒否された。理由は「独自仕様を採用した時の責任者がまだ行内にいるから」であった。

●化学系企業の経営トップが「業務革新に200億円使う」と宣言。コンサルティング会社のコンサルタントを大量動員した結果、ERPパッケージを導入するだけでほぼ200億円を使い切った。

●2つの銀行の経営統合が決まった途端、両行は争うように既存システムの強化を始めた。自分のシステムを統合後に残すためである。統合相手が持っていて、自行にはないシステムを突貫工事で開発したところもあった。慌てて作ったシステムの出来は悪く、経営統合をした後に結局廃棄された。

技術の問題ではなく経営の問題

 不条理なコンピュータ研究会によると不条理が発生する原因は、経営者の独断、取引先や親会社からの圧力、マネジメント手法の過信などに分類されるという。これらはいずれも技術ではなくて、経営の問題である。

 こうなると不条理なコンピュータの問題は簡単には解決できない。研究会のメンバーは「経営トップや企業幹部は社内の意見にもう少し耳を傾けてほしい」と語る。そして「社外のIT関連企業はシステムを売るのが商売、という当たり前のことを再認識しておく必要がある」という。

 もちろん「経営者が悪い」と言っているだけでは済まされない。システムの専門家の側としては、経営者が理解できる言葉で情報システムを説明することが肝要である。技術的な話ではなく、経営的な観点から物事を説明し、判断を仰がないといけない。しかしこれもまた簡単ではない。

 不条理なコンピュータ研究会のメンバーから論文を寄稿してもらったので、「リスクをとる!」のコーナーに掲載した。不条理なコンピュータに関心のある方はぜひご覧頂きたい。

(谷島 宣之=「経営とIT」サイト編集長)

※本稿は2004年11月17日、日経ビジネスExpress(現・日経ビジネスオンライン)に
掲載されたコラムを再掲したものです。