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 今回は、ITproサイトの読者から送られてきたお便りを公開する。この方は、システムを受託して開発する会社に勤務し、ISO9001を中心にプロジェクトマネジメントなど、各種管理技術を社内に普及させ、成果物の品質を向上させる仕事に取り組んでおられる。


 情報システムの西暦2007年問題と直接関係があるかどうかはわかりませんが、「昔にくらべてSE(システムズ・エンジニア)の力が落ちている」という指摘をよく耳にします。元来、「昔は~をした」「昔は~だった」など、自分の昔のことは良く見えるものですから、本当に今のSEの力が落ちている,と言い切れるわけではありません。それでも確かに、「こんなこともできないの?」「知らないの?」と感じる場面に遭遇することがあるのは事実です。

 2007年問題を指摘したコラムの中に、「複雑なシステムの全体像を見渡せる人材が減少しつつある。これが一連のシステム障害の底流にある大問題である」ということが記載されていましたが、現在のような複雑かつ大規模なシステムの全体像を見渡せる人材は昔もいなかったのではないでしょうか。そのようなことを求めること自体に無理があると思います。私なりに昔を振り返って今と比較してみたいと思います。

 「ベテランSEには力があった」。これは確かにその通りだと思います。人は失敗によって学習するものです。ただし、自分の失敗の数には限度があるため、他の失敗からも学習することが必要になってきます。所謂、組織学習です。昔は、今のように変化のスピードがさほど速くなく、業務の複雑度があまり高くなく、ソフト開発の分業制がそれほど進んでいませんでした。こうした時代においては、自然のうちに「問題を共有し、みんなで共同して解決に当たる」という企業文化や現場の雰囲気が出来上がり、知らず知らずのうちに組織学習を行っていたのではないでしょうか。これがベテランの強みにつながったのだと思います。

 さらにベテランSEは、現在と比べると原始的な技術を使っていました。そのかわり、アルゴリズムやコンピュータアーキテクチャに直接触れながら仕事をこなすことができ、これまた自然のうちにコンピュータの基礎的な理論を身につけられた、と言えるでしょう。このような背景があって、「問題の共同解決」を可能にしていたのだと思います。

 もう一つ、「体で覚えろ」という文化がありました。昔のベテランSEは職人気質で、仕事はできるものの、部下や後輩を教育するのが下手な人が多かったように思います。これが、OJT(オン・ザ・ジョブ・トレーニング)の名の下に、「現場で仕事をさせておけば、ノウハウは自然に身に付く」という風潮につながり、取り立てて何かを教育しているわけではない、という状況を生み、現在まで尾を引いている問題となっているのではないでしょうか。まともにSEを教育してこなかったことを棚に上げて、「今のSEはレベルが低い」などと、自分の昔と比べて見下すような発言をするのはいかがなものかと思います。もっとも私自身もそうかもしれませんが....。

 教育においては、やり方ではなく、「何のためにそうするのか」という目的を教えるべき、とはよく言われることです。しかし、頭で理解していてもこれを実践できる人は信じられないくらい少ないと思います。これをカバーするために、「~の手順に従って~をすること」「チェックリストを使用して検証すること」といった表現の手順書を作成し、それらを部下や後輩に教え込む。こういう教育が現実には多いと思います。この方法なら、教える方も教えられる方も楽です。教えられる方は、何も考えずにこの通りに仕事をすれば良いのですから。ただし、このことは、手順通りにやればそれでよいと思い込むSEを生んでしまう原因となっていると思います。

 多くのIT企業が、こうした手順書を「標準」と呼んでいます。これが、標準化に関する誤解の始まりでしょう。日本人は、「標準化=規制」と捕らえがちです。ところが、国際標準化機構(ISO)はその発足目的を「各国の技術水準を上げ、貿易の活性化を図る」ことに置いています。このように標準化とは本来、「社員の技術水準を上げ、仕事をやりやすくするためのもの」であるべきです。手順を述べただけの疑似標準では、この目的は達成できません。

 以上のことから、今のSEに必要なのは、2007年問題を巡るコラムで指摘されていた「システムの全体像を見渡せるような能力」ではなく、コンピュータの基礎的な理論と現場の仕事を結びつけて考えるために必要となる知識や技術、ノウハウとそれらを身に付ける力ではないでしょうか。こうした能力がシステムの設計思想などの理解につながるのだと思います。

 そして一連の知識や技術、ノウハウを教育し、学習するための標準化を目指さなければなりません。単なる規制につながる標準化ではなく、役に立つ標準を開示し、ノウハウを提供し、学習の機会を与える。こうした取り組みが「ナレッジマネジメント」の実現につながっていくのでしょう。

 とは言っても、私自身、どのような標準を目指すべきかを模索している状況です。これを解決するためのヒントが、ソフトウエアエンジニアリング(ソフトウエア工学)や組織成熟度のモデルなどにあるのではないかと思い、これらを利用したSE教育のあり方などについて研究しております。

 日本のソフトウエア業界は米国に比べて、10年遅れているとも、20年遅れているとも言われています。実際、日本のソフト業界のビジネスは低迷しています。詰まるところ、この本質的問題に、2007年問題も、SEの能力問題も包含されるのではないでしょうか。