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 情報システムの西暦二〇〇七年問題に関し、読者から送られてきたご意見を引き続き紹介し、応答文を付記する。


ブラックボックスに賛成する
 航空機製造業に携わっているエンジニアです。逆転の発想として、ブラックボックスに賛成してはどうでしょうか。ライセンス生産の場合もよくあることですが、インターフェースと機能処理さえわかっていれば、そのブラックボックスは部品として使えます。ある部品が不都合になれば、その部品だけ作り変えるようにすればよいのではないでしょうか?ソフトウェアの部品化の話とミックスして考えればよい解決策が生まれるかも知れませんね。ちなみに航空機や船舶は30 年以上働きます。

 情報システム以外の仕事をされているエンジニアの方からご意見を頂くことはありがたいし、重要である。確かに、製造業の世界では、いわゆるモジュール化が進んでいる。ところが、企業が利用する情報システムの世界では、なかなか進まない。システムを利用する人間がまとめるシステムの機能要件が曖昧かつ、その人や企業に依存するので、なかなか標準化・モジュール化できないからだ。しかし、ソフトや情報システムは特別で難しいと言っていても解決にはならない。曖昧かつ固有の要件と、標準的なブラックボックス部品との間にうまく関係をつけ、部品を使いながらも固有要件を満たすシステムを作ることができる「アーキテクト」を育てる必要がある。ただ、どうやって育てるかという点になるとこれまた難しい。


成果主義の弊害
 この問題の根底は能力成果主義の弊害だと思います。会社にとっての成果はシステムであって資料ではありません。こうして日本の多くの会社は資料を成果として認識せず評価しません。よって成果として評価されない資料の作成はきちんと行われなくなり、ノウハウすなわち技術が継承されません。終身雇用形態ではノウハウの継承と後輩の育成は、ある意味で暗黙の業務範囲でした。この問題に関し、同じ成果主義の米国はどうなっているのでしょうか?そこに解決策があると思います。

 米国の場合、新システムを用意する時、保守性を強く意識する。それは、システムを開発したり、あるいはパッケージを選定し導入したエンジニアがずっといるとは限らないからだ。通常、開発に参画した人は、次の開発の仕事を求めて転職してしまう。資料(ドキュメント)が必須となる所以である。この読者が書かれている通り、日本の場合、終身雇用であり、開発に関わった人は社内に残っていることが多い。その人たちがついにいなくなるのが2007年問題というわけである。


基本に戻れ
 2007年問題は既に始まっています。ベンダー側の責任は、マスコミなどでもてはやされた新技術に目を奪われ、システム開発の基本であるウォーターフォールモデルの開発方法の教育を怠ったこと。ユーザー側の責任は、システムの運用に気をとられ、業務自身の教育に目が届かなかったこと。
 こうした基本がきちんと出来ていれば、BOM(部品表)がブラックボックスであろうがなかろうが、やる気さえあればメンテナンスも新規構築も可能なはず。コンピュータや情報システムはあくまでも道具に過ぎないのですから。

 メディアでもてはやされた新技術とは、オブジェクト指向の開発技術を指しているのだろうか。あるいはプロトタイプを繰り返し作っていく開発方法のことだろうか。確かに一定規模の情報システムを開発するには、順をおってシステムを開発し、ドキュメントを残していくウォーターフォールモデルの開発方法が向いている。もちろん、システムの内容によっては、別な方法論を利用したほうがいい場合もある。つまり、ウォーターフォールモデルも、プロトタイピングも、両方を理解し、使い分けたり、併用できるエンジニアが求められる。しかし、これもアーキテクトと同様、なかなかいないのが現状ではないだろうか。


(応答文:谷島 宣之=「経営とIT」編集長)