PR

「この案件は限られた営業時間やエネルギー、SEのリソースを注ぐべき案件なのか」勝率を高めるためは、案件に対する自社と競合会社の優位性比較を迅速に行い、自社が勝てる案件に焦点を当て続けることが不可欠です。その判断のために重要な、4項目の質問からなる「案件アセスメント」について紹介します。

 前回は、「勝率向上」を実現するためには、知識や提案スキルの修得以前に、営業担当者の知恵を体系的にまとめた「方法論」が不可欠であることを紹介しました。そしてその方法論は(1)案件アセスメント、(2)競合戦略立案、(3)顧客組織の政治力学分析、(4)行動計画立案──という4項目の手順からなる、というところまで解説しました。

 今回はこのうち、(1)の案件アセスメントについて、その内容を説明していきます。案件アセスメントは、案件を客観的な基準で評価することによって、複数ある案件に優先順位を付け、当て馬案件の回避や競合との優位性比較、競合戦略立案に必要な情報の明確化などを行うものです。つまり、案件への“力のかけ方”を判断するために不可欠な手順です。

 案件アセスメントを実施しなければ、数多くのリスクを抱えたまま商談を進めていかなければならなくなります。例えば、多くの営業やSEのリソースを費やして提案したのに、顧客内で時期早尚と判断されて案件がスリップもしくは消滅するというのはその典型です。あるいは、競合よりも優位だと思っていた商談のクロージング間際に、競合に弱みを突かれてあっけなく負けてしまうこともあります。また、受注を勝ち取ったものの赤字プロジェクトになってしまう、といった事態にもなりかねません。

何一つ重要なことが分からない案件認識

 このような悲劇や無駄を引き起こす原因の多くは、商談初期の案件アセスメントで「自社にとって適切な案件かどうか」や「競合と比較して何が弱みか」を明確にできていないことにあります。にもかかわらず、従来この案件アセスメントは、営業担当者個人に依存しているケースがほとんどでした。つまり、営業担当者の主観だけで案件を判断しているのです。

 次の二つのケースは、営業マネジャー(マ)と担当者(担)の、ある案件についての会話です。

◆ケース1:営業担当者が“高をくくる

マ:「A社はなぜ今、サーバー増設を検討しているの?」

担:「Webサイトのトランザクションが増えていると言っていました。だから増設を検討したいと」

マ:「うちはいい提案できるの? 競合の△△社も○○社も、もちろん提案してくるんでしょ?」

担:「お客様は△△社や○○社の話はしてませんでしたけど。まあ、うちの保守サービスを含めてパッケージにすれば絶対大丈夫だと思いますよ」

マ:「何で? それって、競合に勝てるの?」

担:「情シスのB課長がうちを結構気に入ってくれていますから、競合より上だと思います」

マ:「特にリスクはないの? この前みたいに、お客様の言うことをいろいろ聞き過ぎて、最終的にうちが赤になるなんてことない?」

担:「しかしですね。今回は思い切ってディスカウントしたほうがいいですよ。A社は業界大手ですし、ここで実績を作れば、他のお客様にも横展開できるんですから」


◆ケース2:営業担当者が“複雑に悩む”

マ:「A社はなぜ今、サーバー増設を検討しているの?」

担:「Webサイトのトランザクションが増えているかららしいです。ただ情シスのB課長の個人的な意見かもしれないです。C部長は性能予測の新しいソフトが欲しいと言っていました。もしかしたら、そちらにニーズがあるかもしれません」

マ:「まあもう少し状況を教えてよ。それでうちはいい提案できるの? 競合の△△社も○○社も、もちろん提案してくるだろ?」

担:「製品のスペックを見れば△△社や○○社よりもうちの方が上なので、それをA社に分かってもらえれば。でも、性能がよければ買ってくれる話なのかな、よく分かりません」

マ:「…まあいいだろう。で、仮に提案したとして競合に勝てるのか?」

担:「競合がどんな提案してくるか…。たぶん彼らも性能を前面に押し出してくると思うんですよね。そのときは細かい部分でうちのほうが性能がいいと示せれば勝てるかもしれませんけど」

マ:「その提案に特にリスクはないの? 最終的にうちが赤になるなんてことない?」

担:「B課長は予算はある程度持っていると言っていましたけど、いくらかは教えてくれませんでした。どうしましょうか?」

 営業担当者のタイプは対照的ですが、この二つのケースは共に、案件に関する客観的な評価基準が整理されておらず、案件への力のかけ方を迅速に判断できない典型です。二つの会話からは、サーバー増設という商談そのものが存在しているかどうかも分かりませんし、自社が提供できるソリューションが顧客ニーズにフィットするかどうかも分かりません。さらに、顧客の発注先決定基準や意思決定プロセスも明確ではありません。自社が有利で勝てる商談かもしれないし、そうでないかもしれないという、つまり何一つ重要なことは分からない状態なのです。これでは効果的な営業戦略は立てられず、勝率も上がりません(図1)。

図1●主観に基づく判断だけでは、案件の勝率向上はおぼつかない
図1●主観に基づく判断だけでは、案件の勝率向上はおぼつかない

4種類の質問で勝てる案件かを判断する

 では、具体的にどうすれば案件アセスメントを迅速に行うことができるのでしょうか。カギとなるのは実は、図2に示した自分の案件に対するたった4種類の質問なのです。

図2●案件の勝率向上のための4項目の質問
図2●案件の勝率向上のための4項目の質問

 このうち(1)の「案件は本当にあるのか」は、「顧客が行動する案件かどうか」が明確になっているかどうかについての問いです。営業担当者が存在すると信じている案件が、顧客内で解決すべき課題として認識されているのか、提案をすれば本当に発注を検討してくれるものなのかどうかを明らかにすることなのです。

 そして、案件が本当にあるのかを判断するために、5種類のアセスメント項目があります(図3)。それぞれの項目について、必要な情報を把握できているかをチェックしていくのです。

図3●「案件が本当にあるのか」をチェックするための5項目
図3●「案件が本当にあるのか」をチェックするための5項目

 筆者がかかわっている実際の戦略立案のワークショップでは、(1)顧客の課題やITプロジェクトの目標や、誰がその案件を立案したか、その案件と顧客の事業戦略との関連を把握しているか、(2)顧客の事業概要やビジネスをドライブする要因、顧客の市場、競合状況などを把握しているか──という二つの項目すら、明確にできていないケースが非常に多いのが実情です。

 競合する会社が、その案件の顧客内の立案者やビジネス戦略との関係を自社よりも明確に把握していると仮定すると、商談に何が起こるでしょうか。競合は、顧客内の案件の優先順位を予測し、それに基づいた営業戦略を立案できます。こちらが戦略判断すらできないで迷っている間に、競合はリソースを投入してきます。その時点で競合のほうが優位に立つのです。

 つまり、(1)、(2)のアセスメント項目に明確に「YES」と答えられない場合は、不足する情報を収集する戦略と、行動計画の実行が求められます。

顧客の“差し迫った事情”を把握する

 図3の5項目のうち、(1)~(4)のアセスメント項目が明確だとしても、それを根拠に「顧客は動く=案件は本当にある」と判断するのは危険です。例えば、IT 案件と事業戦略とのリンクが明確で、ある程度のIT予算を持っている顧客だとしても、必ずしもそのIT案件に投資しない場合もあるのです。

 案件が本当にあるのかを判断する上で最も重要なのは、(5)の「コンペリングイベント」の明確化です。英語では「Compelling(止むに止まれぬ) Event(事象や出来事)」と表記します。案件アセスメントにおけるコンペリングイベントは、「顧客がITに投資をしなければならない差し迫った事情」を意味します。

 差し迫った事情とは具体的にどのようなものでしょうか。例えば、既存のネットワーク設備が古くなり保守期限が切れることは、顧客が新たなネットワーク構築の投資を考えるコンペリングイベントです。また、個人情報保護への社会的な関心が高まり、市場における競合各社が何らかの対策を打ち始めた、というのは、顧客がセキュリティ対策の投資を考えるコンペリングイベントとなります。読者の皆さんは、顧客の差し迫った事情を本当に把握しているでしょうか。

 ただし、コンペリングイベントを把握するだけでは不十分です。注目しなければならないのは、コンペリングイベントそのものよりも、そのコンペリングの程度、つまり「差し迫り度合い」なのです。

 例えば、いくら既存のネットワークで大規模な故障などのトラブルが発生したとしても、それが顧客のビジネスにとって大した影響がなければ、顧客はネットワークをリニューアルするための投資を行わないでしょう。差し迫りの度合いは低く、正確には、これはコンペリングイベントとはいえません。

 逆に、既存ネットワークが例えば金融機関のATM(現金自動預け払い機)を結んでいるものであれば、1秒のダウンが大きな損害になるので、顧客はネットワーク設備のリニューアルに向け、急いで行動を起こします。差し迫り度合いの高さに比例して、顧客のアクションは早く確実になります。

 コンペリングイベントは、案件の存在そのものに直接かかわるので、商談の初期段階で明確にしなければならない最も重要なアセスメント項目です。しかし実際のワークショップの案件では、半数以上がコンペリングイベントを明確にできていません。

 コンペリングイベントがない、もしくはコンペリングの程度が低ければ、顧客は何もアクションを起こさないし、顧客内には他に優先順位が高い投資案件がある可能性が高くなります。結局、案件はスリップまたは消滅する可能性が高いといえるでしょう。営業担当者とSEが時間とエネルギーを注いでも、すべて無駄になる可能性が高いのです。

顧客内政治が要因のコンペリングイベントにも注意

 では具体的に、コンペリングイベントを正確に把握するには商談中にどのような質問をすればよいのでしょうか。例えばサーバー増設を検討している顧客との商談の場合は、次のような質問が効果的です。

(a)サーバー増設を考えている理由は何ですか?
(b)いつまでにサーバー増設の決定をしなければならないのですか?
(c)仮にこのサーバー増設を遅らせたら、ビジネス上あるいは個人的にどんな損害が予想されますか?
(d)サーバー増設が予定通り完了したら、ビジネス上あるいは、個人的にどんなメリットがありますか?
(e)(c)の損害や(d)のメリットをどのような指標で測定しますか?

 商談中の案件で、コンペリングイベントが曖昧なものがあれば、(a)~(e)のような質問を投げかけてみてください。必ず商談の優先順位付けに役立ちます。また、(c)の損害や(d)のメリット、および(e)の測定指標の仮説を作成して提示し、顧客のアクションを促すのも有効です。コンペリングイベントがない場合には、作り出すためのアクションが必要になるのです。

 コンペリングイベントは基本的に、顧客企業の事業戦略と関連して発生します。どの企業でも戦略は持っていますし、ITと経営戦略は相当密接になっているので、どの企業にも何らかのコンペリングイベントがあります。コンペリングイベントを明確にすることは勝率向上の手段であって目的ではありませんが、確認を習慣付けることが重要です。日経ソリューションビジネスの連載記事「商談の軌跡」にも、さまざまなコンペリングイベントが登場しています。その点をチェックしながら読むのも良いトレーニングになるでしょう。

 まれに、事業戦略ではなく顧客内の政治的要因でコンペリングイベントが発生する場合もありますので、見逃さないように注意することが必要です。特に中堅・中小のトップダウンの傾向の強い会社で起こりやすいといえます。

 例えば、中堅精密機器メーカーC社におけるCRM(カスタマー・リレーションシップ・マネジメント)導入の案件はその典型でした。次期社長候補である営業部門担当の役員が、社長からCRMを導入しろと言われ、この役員の大学時代の後輩である情報システム部長がCRMを検討しました。組織内の政治的な繋がりで、何らかのアクションをとらなければ、役員の昇進や古くからの人間関係に影響があるというケースです。

 今回は「勝率向上」のための質問4項目のうち、「案件は本当にあるのか」について解説しました。次回は残りの三つの問いについて説明します。

入江 倫成
ウィルソン・ラーニングワールドワイド HRD事業グループアカウントマネジャー
早稲田大学法学部を卒業後、ウィルソン・ラーニングワールドワイドに入社。IT・ハイテク企業に、営業力強化やプロジェクトマネジャー育成などに関する、アセスメントや能力開発プログラムの提案を行っている。E-mail:michinari_irie@wlw.co.jp