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「この案件を競合と戦うには、どんな戦略を採るべきか」。ますます厳しさを増す競合環境で、単に製品やサービスの良さをアピールするだけでは、受注獲得はおぼつきません。商談で優位に立つためには、自社の強みを明確にした戦略シナリオを描くことが必須です。そして競合戦略立案のために必要なのは、たった5種類の視点です。

 IT市場におけるオープン化の流れは、ソリューションプロバイダの競合状況を一気に複雑にしました。複数のソリューションプロバイダが同じパッケージソフトを提案し、差があるのは価格だけという状況は珍しくありません。また、ハードやソフト、コンサルティングの各企業が連携してソリューションを提供するなど、ある場面では競合するソリューションプロバイダ同士が、別の場面では協業することも当たり前に行われています。

 このような環境の中で、仮に競合他社と比較して圧倒的に優れたソリューションを、短納期と低コストで提案できるのであれば「勝率向上」は容易に達成できますが、現実はそうではありません。重要なのは、個々の商談ごとに競合と差異化できるポイントを慎重に検討し、「いかに自社に有利なアプローチシナリオを描くことができるか」です。

競合情報の収集・分析が勝負の分かれ目に

 前回までに説明した「案件アセスメント」は、対象となる案件を客観的基準で評価することにより、自社と競合企業の立ち位置を視覚化する手法でした。このアセスメント結果を基に、営業リソースの投入や撤退の判断、次に採るべきアクションを明確にしていかなければなりません。今回は、自社の強みを生かし、競合に対する優位な状況を作り出すための「競合戦略」について解説します。

 読者の皆さんは、ある商談に対して競合がどのような戦略で提案してくるかを予測できるでしょうか。商談の状況を分析して営業戦略を策定するとき、競合情報は必ず必要になる情報の一つです。しかし実際には、多くの営業担当者が、戦況分析や戦略策定に生かせる十分な競合情報を持っていません。「あまり競合のことは意識しない」という人すらいます。

 連載の第1回でも少し触れた「孫子の兵法」には、「彼を知り己を知れば、百戦して殆あやうからず…」という有名な記述があります。「自分のことを知るのは結構難しいし、ましてライバルの事を正確に知るのはもっと難しいが、それをできるかできないかが勝敗の分かれ目である」という意味で、競合情報の必要性・重要性は2500年も前から指摘されていたのです。にもかかわらず現在の営業担当者にとって、競合情報の収集は大きな弱点になっています。

 孫子の兵法では「戦いに勝つのは、とにかく全力で戦ったからではなく、勝ちやすい状況を作り上げてから戦ったことが最大の要因である」とも言っています。営業活動でも同様に、仲の良い顧客やベテランの先輩、その他あらゆる情報ルートを使って競合情報を集めて分析し、戦う前に勝ちやすい状況を作り上げる戦略を描き実行することが重要になります。

 競合がどのように攻めてくるかを予測し、自社がどのように攻めるかのシナリオは、(1)「正面戦略」、(2)「側面戦略」、(3)「分割戦略」、(4)「防衛戦略」、(5)「展開戦略」──の5種類の戦略のどれかに当てはまります(図1)。それぞれの競合戦略について、具体的に説明していきましょう。

図1●競合に勝つための5種類の戦略
図1●競合に勝つための5種類の戦略

正攻法には“圧倒的”優位が不可欠

 (1)の正面戦略の定義は、「顧客が認識している製品・サービスや価格、または評判などの圧倒的な優位性に基づくアプローチ」です。例えば、読者の皆さんの会社が、製造業界で圧倒的な導入実績を持ち、そのブランドが顧客にも認知されているERP(統合基幹業務システム)パッケージを製品として持っているとします。この製品を製造業のユーザー企業に提案する際に、圧倒的な実績とブランド力を前面に押し出して提案することが、正面戦略のアプローチになります。

 正面戦略はいわば、対競合の正攻法で、最も採用しやすいアプローチです。ただしこのアプローチを採る場合、注意点がいくつかあります。第一に、自社製品の機能やサービスの質、価格が、競合他社に比べて“圧倒的”に優位であることです。量的なイメージを例えて、競合に対して「3:1の優位性」という表現をします。正確に競合の3倍の機能やサービス、価格、実績の優位がなければならないということではなく、それぐらいの量的な差がなければ、正面戦略は効果的でないという意味です。

 また、機能が優れているとか、業界で実績があるというのは、競合他社も知っている情報です。つまり正面戦略は、競合にとって非常に分かりやすく、対策も取りやすいという面があるのです。そのため正面戦略を採用する場合は、短期間でのリソース投入と実行スピードが重要になります。集中的にリソースを投入して、相手が気付かないうちに商談を固めて勝てる状況を作るシナリオが不可欠です。

 正面戦略のバリエーションには、「製品・サービス」での圧倒的な優位性を押し出すのか、圧倒的な「評判」を押し出すのかの二つしかありません。前者で代表的な例は、インテルのCPUやマイクロソフトのOSなどです。いずれも抜きん出たパフォーマンスや技術をアピールしてシェアを拡大しました。後者では IBMがその典型です。別の業界では、スポーツ用品のナイキなどが該当します。

自社優位の決定基準に持ち込む

 逆に、競合が正面戦略のアプローチで来ると分かっていれば、相手の競合条件で戦わない戦略シナリオを描かなければならなくなります。その場合は、(2)の側面戦略が有効なアプローチになります。

 側面戦略は、英語では「Flanking(フランキング)」と表記します。ラグビーで攻守の要としてスクラムの側面に付くフランカーと同じ意味で、競合相手の側面を突く戦略です。相手が決めたルールで戦わず、自社の強みを生かせる土俵を作って戦う間接的なアプローチで、その定義は「ユーザー企業の購買決定基準を自社に有利な新しい基準、あるいは異なる基準へ移すこと」です。

 例えば、CRM(カスタマー・リレーションシップ・マネジメント)の導入を考えているA社に、競合のZ社が提案しているとします。Z社は導入コストの圧倒的な安さを武器に、正面戦略で一気に商談をクローズさせようとしています。このとき、A社の購買決定基準を「導入コストの安さ」から「費用対効果の高さ」へと変更させるアプローチが側面戦略になります。

 側面戦略にもいくつかの注意点があります。顧客の決定基準を変更するには、その変更が顧客にとっての「ビジネス上の価値」を提供できなければなりません。A社が費用対効果の高さにビジネス価値を感じなければ、決定基準は変更できません。また、購買決定基準を変更するためには、ときには顧客組織内の味方に動いてもらう必要があります。案件アセスメントで挙げた「内部支援」が重要になるのです。

 側面戦略には、「ルールの変更」と「現在のルールを認めて拡張」の二つのバリエーションがあります。前者の代表的な例は、IBMのメインフレームに対するサン・マイクロシステムズやヒューレット・パッカードのUNIX提案です。両社はUNIXというオープンな世界へのルール変更に成功しました。後者の代表例は、表計算ソフトのLotus1-2-3に対抗したマイクロソフトのOfficeの戦略です。Officeには表計算のExcelのほかに、Word もPowerPointも含まれています。表計算+αで戦うルールに拡張したのです。

獲得可能な大きさに商談を分ける

 正面戦略も側面戦略も使えない場合は、(3)分割戦略のアプローチが有効です。分割戦略の定義は「販売機会を小さな部分に分割して、自社の強みを生かせる獲得可能な部分機会に焦点を当てること」です。

 例えば、あるユーザー企業で、生産、販売、人事や経理などの業務をERPで統合管理し、抜本的な業務改革を実現するITプロジェクトがあったとします。業務改革コンサルティングとERPパッケージの導入は、競合が圧倒的な実績を掲げて正面戦略のアプローチで来ることが予測されます。購買の決定基準を変更することも難しそうです。この場合に、自社が独自技術で勝てるストレージシステムだけを全体のプロジェクトから分割して獲得するという戦略が、分割戦略のアプローチです。

 分割戦略でプロジェクトを分割する価値を認めてもらうには、側面戦略と同様に、顧客内部からの支援が不可欠になります。そしてさらに重要なのは、分割してまで獲得した部分が、将来の取引につながるものなのかどうかを明確にしておくことです。

 分割戦略のバリエーションは、「ニッチ」か「平和共存」のどちらかです。前者は、自社の強い部分にまず集中して足がかりを得る戦略です。上記の例で言えば、強みであるストレージの受注を足がかりに、文書管理やアーカイブのソフトなど、将来的にコンテンツ管理システム全体の受注獲得を狙う戦略が該当します。後者は既存システムとの互換性や、システムの能力拡大などを訴求する戦略です。

 5種類の競合戦略のうち、正面戦略、側面戦略、分割戦略の三つは、いわば攻撃のための戦略です。一方次に説明する(4)防衛戦略と(5)展開戦略は、競合の攻撃に対する守りの戦略になります。

 防衛戦略の定義は、「競合他社の攻撃から自分のポジションを守ること」です。その第一歩は、ユーザー企業のトップやエグゼクティブ、もしくは影響力のある人と信頼関係を構築しておくことです。これらの人たちに対して、ビジネス上の価値を定期的にアピールすることも必要になります。

 防衛戦略には、「防護」と「孤立」の二つがあります。前者は、顧客との関係を深めて、顧客内部からの強い支援を得る戦略です。ユーザー企業内の味方をサポートし、また新たな味方を増やし続けることで、競合他社にいかなる商談機会も与えないようにします。後者の孤立は、例えば競合他社が分割戦略を採り、ある一部のアプリケーションの受注を獲得しようと攻めて来ている場合に、その部分だけに足止めして、孤立させる戦略です。

将来の商談に向けたポジション確立を目指す

 防衛戦略は、顧客との深い信頼関係を前提としています。では、それほど深い信頼関係を築けていないときは、どうすればよいでしょうか。そのときに採るべき戦略が、展開戦略です。

 展開戦略の定義は、「今後あり得る提案活動に向けて自社のポジションを確立しておくこと」です。将来何らかの商談が発生したときに、競合よりも優位になるための戦略アプローチになります。この戦略を採る前提は、顧客がIT投資に踏み切る事情(=コンペリングイベント)が存在しないか、もしくは自社がそれを取りまとめる立場にないことです。

 展開戦略には、「投資」と「延期」の二つのバリエーションがあります。前者は文字通り、将来の立場を築くための投資を行うことです。コンペリングイベントが存在しない状態から、自社のリソースを投入して顧客のニーズや課題を深く聞き、ユーザー企業との信頼関係を作り上げ商談を喚起していきます。例えば、課題を解決しない場合のリスクを伝えるなどして、ユーザー企業の行動を促します。それにより、コンペリングイベントが発生したときのポジションを前もって確立しておきます。

 後者の延期は、ユーザー企業にコンペリングイベントがあっても、自社がそのコンペリングイベントに関係ない場合、つまり製品やサービスの適合性がない場合の戦略アプローチです。具体的には、将来的に魅力のあるビジネス上の価値を示すことで、競合が優位に立っている商談そのものを延期させたり、意思決定プロセスを遅らせたりします。

 展開戦略の注意点は、前回までに紹介した案件アセスメントのチェック項目(1)~(20)の情報を継続的に収集し、顧客内の変化を読み取る努力を怠らないことです。将来の立場を確立するための活動なので、自社の利益を深く考え、リターンを得られる可能性のある部分に焦点を当てることが重要になります。トップの信頼を得る活動も必要です。

 以上が、商談における5種類の競合戦略です。競合の動きを分析すれば、どのような戦略で攻めてくるかを予測することも可能です(図2)。その予測を基に、自社がどのように攻めるかのシナリオを作って実行し、「勝率向上」につなげてください。

図2●競合相手の戦略を見分ける
図2●競合相手の戦略を見分ける

 次回は、顧客内部に視点を移します。顧客内の適切な人物への営業活動は勝率向上に欠かせない要素ですが、商談で誰が適切な人物なのかは、公式の組織図には記載されていません。ユーザー企業の各個人を分析し、利害関係、政治力学を読み解くための具体的な方法を紹介します。

入江 倫成
ウィルソン・ラーニングワールドワイド HRD事業グループアカウントマネジャー
早稲田大学法学部を卒業後、ウィルソン・ラーニングワールドワイドに入社。IT・ハイテク企業に、営業力強化やプロジェクトマネジャー育成などに関する、アセスメントや能力開発プログラムの提案を行っている。E-mail:michinari_irie@wlw.co.jp