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 「こんな仕事,もう我慢できない!これじゃ,ホワイトカラーじゃなくて,ブルーカラーじゃないか」。周囲の人間に聞こえるような大声で,B君が吐き捨てるように言った。

 銀行の情報システム部門で,基幹系システムの保守業務を担当していた筆者らは,システム障害の多発で徹夜が続き,疲労の極限に達していた。疲れがたまるとモチベーションは下がる。当然,気も立ってくる。そんな状況でB君のボヤキが飛び出した。

 実際,我々の有り様は悲惨だった。数日間も家に帰っていないため,スーツはヨレヨレ,ワイシャツの襟は真っ黒,髪の毛はボサボサ。おまけに季節は真夏ときている。エアコンが入っているとはいえ,経費削減の折,夜間になるとエアコンが省エネ運転になるので,室温はかなり上がる。

 ふと見ると,ランニングシャツとパンツ1枚で仕事をしている者がいる。積み上げた段ボール箱の上で,アクロバットのような体勢で仮眠している者もいる。目覚めたらさぞかし首や足腰が痛いだろう。昼間の試合で目の下を黒くペイントするプロ野球選手でもあるまいに,みな判を押したように目に隈を作っている。

 机の上には,牛丼の空容器や調理パンの包装ビニール,スナック菓子の袋,水やお茶のペットボトル。床に転がった飲みかけの缶ジュースからは中身が飛び出しているが,誰も見向きもしない。

 「これぞ男の仕事場!」なんて格好の良いものではない。これほど見苦しい状況に身を置いていれば,B君のように「SEは知的労働者なのか,肉体労働者なのか」という疑問がわいても至極当然だ。SEと言うと,洒落たスーツに身を包み,ノートパソコン片手にさっそうとオフィス街を歩く姿を連想する人がたまにいるが,とんでもない誤解である。

 もちろん,「知的労働者」による連夜の泊まり込みはSEという仕事に限らない。締め切り前の出版社や新聞社,決算期の経理部門…。どこも似たようなものだろう。

 しかし筆者は,「SE」という言葉に,ある種の誇りを持った「肉体労働者」という響きを感じてしまう。例えば,システム開発の工数や規模を表す単位として「人月」があるが,1000人月の仕事と言われると,デスクワークというよりは建設現場の仕事というイメージがある。100人がかりで1年近く要する大規模プロジェクトなのだから,相当大きな建物を建てるのだろうな,などと思ってしまうのだ。

 保守担当者の場合は,さらに日雇い労働者の性格を帯びる。トラブルシューターなんて,まさにそうだ。システム障害が発生すると,過酷で切羽詰まった労働を強いられ,数日間の缶詰状態も珍しくない。逆に,障害がないときは仕事もない。はっきり言ってヒマである。

 システム保守業務を担当している同僚から,「最近は障害がなくて楽だね。ずっとこうあって欲しいね」と笑顔で話しかけられたことが何度かあるが,そのたびに筆者は「馬鹿な事を言うものではない」と叱咤した。冗談ではない。システム障害が激減したら,保守担当のSEはクビになるじゃないか。こいつ,トラブルシューターという仕事の本質を分かっていないな,と感じたものである。

 システム障害あってのトラブルシューターだ。正直な話,完璧に安定稼働してもらっては商売あがったりなのである。トラブルシューター稼業は,SEでありながら,ほかのSEにはない矛盾を抱えた商売なのだ。

 さて,当時,保守担当の管理者だった筆者には,B君のボヤキに答える義務があった。果たしてSEは,知的労働者なのか肉体労働者なのか。

 筆者は即座に,「SEはこの世で最も知的な肉体労働者だ」と答えた。B君が納得したかどうかは知らない。確かなことは,肉体労働者であることを忌み嫌っていては,職種は何であれSEという仕事は務まらないということである。

岩脇 一喜(いわわき かずき)
1961年生まれ。大阪外国語大学英語科卒業後,富士銀行に入行。99年まで在職。在職中は国際金融業務を支援するシステムの開発・保守に従事。現在はフリーの翻訳家・ライター。2004年4月に「SEの処世術」(洋泉社)を上梓。そのほかの著書に「勝ち組SE・負け組SE」(同),「SEは今夜も眠れない」(同)。近著は「それでも素晴らしいSEの世界」(日経BP社)