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岩井 孝夫・佐藤 三智子

道具や手法が改善されたとはいえ,情報システムの構築は「とりあえずやってみよう」と始めるには大きな危険が伴う。なぜなら,システムの構築や導入プロジェクトは一度動き出すと,社長でも簡単には止められないし,大きなプロジェクトになればなるほど途中で方向転換することも非常に難しい。だからこそ,プロジェクトが始まる前に十分に議論し,回避すべき危険や重複する作業をできる限り予見しておかなければならない。


 情報システムの構築にあたって,プロトタイプという言葉が流行り,なんでもとりあえず形にすればよいといった誤解がはびこっている。個人用のデータベースならなにも決めずに作り始めて,たとえ失敗して一からやり直しても,大した影響はないかもしれない。

 しかし,少なくとも会社で共有して利用するデータベースや情報システムを構築する際には,情報システムの目標や,完成した時に会社としてどのように利用するのかといった姿を,構築プロジェクトを始めた時にはっきり見すえておく必要がある。それがないようでは,とてもシステムを完成できない。

情報化は止められない(1)
社長が別の方針を言い出す

 製造業のA社は,長年オフコンで処理してきた生産管理システムが古くなってきたので,新しい生産管理システムの構築を決めた。97年秋から製造部門のメンバーを中心に,システム委員会を設置して新システムの検討に入った。

 新システムの目玉は,生産計画を立てる業務をシステム化する,在庫の精度を向上させる,工程管理の改善を図り,実績原価の把握をこれまでより徹底させる,などであった。いずれも従来の生産のやり方と比べて,管理の精度を格段に高めるものである。製造原価の削減にもつながるはずだった。

 このように効果が大きい半面,新システムへの切り替えは製造の現場にいる社員にとっては煩雑なものであった。新しい作業方式に変えなければならないし,作業日報も従来とは異なるやり方で記述する必要があったからである。

 しかし,システム委員会のメンバーが手分けをして,製造現場の社員へ新システムについて説明をしてきたことが功を奏し,現場の全員が新システムの目標をきちんと理解するに至った。現場はその効果に期待し,やる気になってきたところであった。

 98年に入ってシステムの構築を依頼するコンピュータ・メーカーの選定も終わり,具体的な開発作業がスタートした。ところが,98年の夏になって問題が持ち上がった。コンピュータにそれなりの知識を持ち,原価計算に詳しいA社の社長が,新システムの設計内容を聞いて,原価計算の内容に強い不満を抱いたのである。

 社長は当初,直接労務費の計算,製造間接費の配分,補助材料費の算定などについて,もっときめが細かく精度が高い情報を新システムで収集できるものと思い込んでいた。期待が大きかっただけに,逆に新システムの仕様には満足できなくなった。

 A社の社長はあちこちのパッケージ ・ソフトのセミナーに自分で出席し,とうとう満足できる原価計算のソフトを見つけてきた。セミナーから帰った社長は,システム委員会のリーダーである製造部の次長にこの原価計算ソフトの導入を強く求めた。

 社長の要望はシステム委員会のメンバーによって直ちに検討された。だが,この原価計算ソフトを導入すると,このソフトが要求するデータを新システムで生成しなければならない。それには,せっかく今まで検討を重ねてきた新しい業務方式をさらにまた変更することにつながる。

 業務方式を再び変更しなければならないことが社長の提案を受け入れた場合に生じる最大の問題だった。しかも,システムの構築は進んでいる。途中から新しいソフトを入れ,開発中のシステムに接続することは技術的にも困難を伴う。こう考えたシステム委員会は社長に対し,「社長の希望するソフトの導入には応じられない」と返答した。

 しかし,社長は自分が必死で探してきた理想のソフトであり,本人にとって念願の原価計算ができるようになるとあって,まったく納得しなかった。結局,社長とシステム委員会が対立する最悪の事態に突入してしまい,新システムの開発作業はやむなく一時的に休止する事態に陥った。