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 前回は,ポイントカードをめぐる個人情報流出事件を取り上げた。2007年7月2日,経済産業省の企業ポイント研究会は,消費者向けサービスで広がりつつある企業ポイントについての検討結果をとりまとめた報告書を発表している(「『企業ポイントのさらなる発展と活用に向けて』(企業ポイント研究会取りまとめ)について」参照)。その中で,「消費者保護の観点から配慮すべき事項」と題して,個人情報管理について具体的に記述している。

 消費者相談機関に寄せられる相談や要望を見ると,「登録した個人情報の取扱に関する不安」が必ず挙がってくる。消費者の「安全・安心」は,生涯顧客価値の最大化をめざすデータベース・マーケティング施策の差別化のキーワードでもある。ポイントカードを通じて収集した個人情報をマーケティングに活用する企業は,個人情報管理のリスク負担を見込んだ上で,販促・プロモーション企画の費用対効果を検討すべきだ。

 さて今回は,個人情報漏えい事件に遭遇した企業の株主総会について取り上げてみたい。

個人情報保護法に対するリスク認識が変わった大日本印刷

 2007年6月,3月期決算の上場企業が株主総会シーズンを迎えた。不祥事が発覚した企業では,株主から経営陣の責任や管理体制のあり方を問う質問が相次ぐなど,「物言う株主」の存在感が大きくなってきた。個人情報漏えい事件が発覚した企業も例外ではない。

 金融庁では,企業経営の透明性を高め,株式市場全体の信用を向上させることによって,個人投資家を株式市場に呼び込むために,上場企業に対し,有価証券報告書で経営上のリスク情報を開示することを義務付けている。ここでは,第80回および第84回で取り上げた大日本印刷の有価証券報告書を題材に,個人情報保護法の遵守に関連するリスク認識について考えてみたい。

 大日本印刷ホームページのIRサイト平成19年3月期有価証券報告書を見ると,2007年2月に発覚した個人情報漏えい事件に関連する具体的記述は見当たらない。だが,「事業等のリスク」の項目の中に,個人情報保護法に関連する記述が2カ所ある。以下は,その部分の抜粋だ。

(6)法的規制等
法令の遵守を基本として事業を進めているが,製造物責任や環境・リサイクル関連,独占禁止法,個人情報保護法,特許法,税制,輸出入関連などにおいて,国内,海外を問わずさまざまな法的規制等を受けており,今後さらにその規制が強化されることも考えられる。(以下省略)
(7)情報システムとセキュリティ
インターネットをはじめとするコンピュータネットワークや情報システムの果たす役割が高まり,情報システムの構築やセキュリティ対策の確立は,事業活動を継続する上で,今や不可欠となってきている。これに対して,近年ソフト・ハードの不具合やコンピュータウイルスなどによる情報システムの停止,顧客情報の漏えいなど,さまざまなリスクの発生の可能性が高まってきている。(以下省略)

 他方,平成18年3月期有価証券報告書を見ると,「(7)情報システムとセキュリティ」の記載内容は同じだが,「(6)法的規制等」は以下のようになっている。

法令の遵守を基本として事業を進めているが,製造物責任や環境・リサイクル関連,独占禁止法,特許法,税制,輸出入関連などにおいて,国内,海外を問わずさまざまな法的規制等を受けており,今後さらにその規制が強化されることも考えられる。(以下省略)

 平成19年3月期有価証券報告書では例示されている「個人情報保護法」が,個人情報漏えい事件発覚前の平成18年3月期有価証券報告書には無い点に気付くだろう。2つの開示情報を比較すると,個人情報漏えい事件発覚によって大日本印刷の個人情報保護法に対するリスク認識が変わったことが読み取れるのだ。

投資家対策でつながる個人情報管理とネットマーケティング

 ジャスダックを除く国内5つの証券取引所が2007年6月に発表した「平成18年度株式分布状況調査」によると,5証券取引所上場企業の個人株主数は,前年度に比べ120万人増加して3928万人となった(「平成18年度株式分布状況調査の調査結果について」参照)。株主保有比率について見ると,「外国人」が全体の28.0%を占め,「個人・その他」が18.1%を占めている。最近,買収防衛策としての株式持合いが話題になることが多いが,「事業法人」の比率は20.7%にとどまっている。上場企業の経営者にとって,個人投資家を引き付けることは緊急課題であり,インターネットを利用したIR活動も日に日に増しているのだ。

 筆者は,コーポレートブランディングやユーザビリティの視点から,日本や海外の株式公開企業のIRサイトを調査/評価したことがあるが,投資家は,定量情報だけでなく定性情報も詳細に閲覧する傾向がある。とりわけネガティブなリスク情報については,その傾向が強い。

 検索ポータルサイトで不祥事に関するニュースが掲載されると,その企業のサイトには大量のユーザーが押し寄せる。とりわけ敏感なのは投資家である。個人情報漏えい事件報道の影響も,企業ホームページのトラフィックだけでなく,情報を閲覧する投資家の心理に及ぶのだ。個人情報管理にまつわるITといえば情報セキュリティが思い浮かぶが,ネットマーケティングとの関係も無視できなくなっている。

 次回は,大日本印刷に業務委託した企業の有価証券報告書を分析してみたい。


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■笹原 英司 (ささはら えいじ)

【略歴】
IDC Japan ITスペンディングリサーチマネージャー。中堅中小企業(SMB)から大企業,公共部門まで,国内のIT市場動向全般をテーマとして取り組んでいる。医薬学博士

【関連URL】
IDC JapanのWebサイトhttp://www.idcjapan.co.jp/