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 世の中,ちょっとした“見える化ブーム”だが,なんと,各種のセンサー技術を応用して「組織の振る舞いやコミュニケーション,マネジメントまでを見える化しよう」という研究が進んでいるという。「一体,どうやるのだろうか?」と筆者は疑問に感じたが,マサチューセッツ工科大学(MIT)のメディア・ラボ/スローン・スクールの教授たちや日立製作所の研究者らが,大まじめに取り組んでいるというのだから驚く。

 こんな思いを抱いて,6月29日に開催された「日立-MITオープンフォーラム」に行ってきた。フォーラムのテーマは「センサー情報が変える組織・ビジネス」。前述の研究に携わっている3人のMIT教授や,日立の研究者らがそれぞれの研究内容を紹介していた。筆者は普段,アカデミックな話題にさほど興味を感じないのだが,このフォーラムの内容はITの1つの方向を示しているようで,非常に興味深かった。

人が示す“正直”な行動を計測すれば,その結果を予測できる

 1つめの講演で,MITメディア・ラボのAlex Pentland教授は,「人の動きをセンサーで測定することにより,(人の行動がもたらす)結果を80~90%の正確さで予測できる。これを基に,もっと良い結果を出せるようマネジメントできるようになる」と語った。

 人の動きを測定するのは,首から下げる社員証のような名札型センサーだ。「Sociometer Badge」と呼ぶ。赤外線センサーや音声マイク,加速度センサーなどが組み込まれている。これをグループのメンバー全員が首にかけていると,その人がいる場所や,誰の近くにいるか,対面している人は誰か,声の調子やボディ・ランゲージはどうか,などを測定できる。このセンサーを使って,94人に対し,33万時間に及ぶ匿名の測定を実施したという。

 Pentland教授いわく,「人は行動を通じて“正直”な反応を示す」。それゆえに,グループにおける(1)人と人のつながり(Connecting),(2)積極的に聞く態度(Active Listening),(3)連帯(Solidarity),(4)リーダーシップ(Leadership)などの実態を,かなり正確にコンピュータで計測できるとしている。この取り組みを大規模な組織で適用しようとすれば,バッジ型のセンサーが収集するデータは膨大な量になるだろうが,適切に処理すれば「組織全体の振る舞い」をリアルタイムに見える化できると考えている。また,行動パターンと結果/成果との因果関係を分析すれば,特定の行動がもたらす結果を予測できるようになるわけだ。

社員や組織を成長させる「行動のリズム」とは何か?

 日立の中央研究所主管研究長である矢野和男氏の講演では,MITと同様の名札型センサーや腕時計型センサーを使って,自らの生活や自部署のコミュニケーションを計測した事例を紹介した。センサーによる計測を通じて各社員の「行動のリズム」などが分かり,それを社員の成長のために利用できるという。

 矢野氏は,加速度センサーだけでも,人がそのとき何をしているのか,だいたいの予想がつくと話す。例えば,加速度センサーが0.25Hzという非常にゆったりとした動きを検知したとしよう。この振動は,電話をしていたり,本を読んでいたりするときに特徴的なものらしい。同様にして,0.75Hzではメールのやり取り,1.25Hzで活発なミーティング,1.75Hzは歩いている最中,そして比較的大きな振動を示す2.75Hzは立ち話をしているとき,という具合だ。

 矢野氏は,自ら腕時計型センサーを毎日24時間,1年以上装着し,加速度センサーが検知した動きを記録した。これと並行して毎日寝る前に,1日の生活を(1)心,(2)体,(3)知恵,(4)行動,(5)人との関係,という5つの観点から振り返り,それぞれに点数を付けた。この採点と加速度センサーで測定した値の相関を調べたところ,「自分を成長させる行動」が分かったと語る。

 矢野氏にとっては,5つの項目に対して最も良い影響を与えているのは,誰かと対話している「立ち話」の周波数だった。この気付きを基に,立ち話を意識的に増やしたり,わざと歩きながら考えてみたりしたら,良いアイデアが浮かぶなど本当に良い結果が得られた,と矢野氏は話す。一方,5つの項目に対してあまり良い影響を与えないのが「メールのやり取り」を示す周波数だった。「メールを最小限に抑えたいという気持ちが表れたのだろう」と振り返る。

 個人の結果をチーム単位で集約してみたら,チームに成長をもたらす行動も明らかになった。あるチームでは,小走りするようにドタバタしていることを示す周波数が良い影響を与えていた。当事者に事情を聞いてみると,ドタバタするといっても,実際には人に会いに行くとき,小走りするような動作をしていたらしい。こういうコミュニケーションが,このチームでは良い結果をもたらしたということだろう。これらの分析結果は自分あるいは自部署に固有のものだが,分析手法そのものはどんな業務にも応用できる,と矢野氏は強調していた。

 ここまでの話はあくまで「研究」だが,ITを使って,組織の振る舞いやコミュニケーションなどを計測・分析できることは十分に理解できた。矢野氏は講演の冒頭で,著名な経営・社会学者ピーター・ドラッカーの言葉を引用した。「20世紀の偉業は,製造業における肉体労働の生産性を50倍に上げたことである。続く21世紀に期待される偉業は,“知識労働”の生産性を,同じように大幅に上げることである」。いまや労働者の6~7割が,ドラッカーが言うところの知識労働者とされている。MIT教授や矢野氏らが取り組んでいる研究は,まさに知識労働者の生産性を高めるための一歩となるものであり,今後の研究動向が気になるところだ。