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システム開発プロジェクトでトラブルを引き起こす“常習犯”。技術の未熟さだけでなく,状況判断の甘さや自分の能力に対する過信が,トラブルを繰り返させる。苦い経験を次に生かせないエンジニアは,退場するしかない。

イラスト 野村 タケオ

 K君(31歳)は,中堅企業向けの会計や人事・給与パッケージを開発・販売するF社に勤務するITエンジニアである。入社以来ずっと,パッケージの導入サービスを担当してきた。5年ほどアドオン・プログラムの開発を経験し,ここ数年はカスタマイズの仕様決めや設計作業といった上流工程もこなしている。

 最初はちんぷんかんぷんだった会計に関する知識も,かなり吸収してきた。「そろそろリーダー職に昇格できるのでは」と期待を抱くK君に,とうとうチャンスがめぐってきたのは半年前のことだ。中堅物流業者であるD運輸の会計システム刷新プロジェクトで,開発チーム・リーダーを命じられたのである。

 D運輸は,これまで業務処理に小型汎用コンピュータを使っていた。だが2005年にハードのリース切れを迎えるのに加えて,来春には関連2社を統合することを決めていた。このため,全社の会計業務を全面的に見直す必要に迫られていた。そこでこの際,新システムをオープン技術で再構築しようということになった。

 2004年2月に始まったD運輸向けプロジェクトに,F社はかなりの力を入れていた。それはメンバーの顔ぶれを見ても分かった。プロジェクト・マネジャーには,F社きっての凄腕であるM氏が着任した。入社15年目のMマネジャーは,仕事に関して極めて厳格な人物である。緻密な計画を立てて,小さな問題も決して見過ごさない。開発メンバーがいい加減な処理をすると,容赦なく追求してくるという。

 このプロジェクトで,K君は若手エンジニア3人を率いることになった。任務は,新システムと売上管理や債券/債務管理といった他のシステムとのインタフェースを開発すること。K君は,リーダーという肩書きが付いた名刺を見て,大いに喜んだ。

リスクを過小評価する

 プロジェクトがスタートしてから3カ月が経過するころ,K君は早くも壁にぶち当たった。開発スケジュールに,遅れが出てきたのだ。その週の進ちょく会議でさっそく,この点を突っ込まれた。K君は「ユーザーに依頼していた内部調整が若干遅れていますが,すぐ解決できる見込みです。作業進ちょくに大きな影響はありません」と説明した。

 ところが,その後も事態は好転しなかった。翌週の会議で仕方なく,そのことを報告した。するとMマネジャーは,「君は前回の会議で,『すぐ片付く。作業スケジュールには影響しない』と大見得を切ったじゃないか」と眉を吊り上げた。K君はあわてて,「はい。D運輸の経理担当者に催促していますから,2~3日中にはなんとかなると思います」と弁明した。ここで,Mマネジャーが「いったい何の調整なんだ」とたずねた。K君は,「たいしたことではありません。科目コードと仕訳入力の方法を統一するだけです」と答えた。

 これを聞いて,Mマネジャーは顔色を変えた。「科目コードの統一なんて,そんな重要なことを2~3日で調整できるわけないだろう!君は状況判断が甘すぎる!」。さらに,「先週の会議で詳細をきちんと説明してくれれば,それだけ早く手を打てたのに。このままでは,今後のシステムテストや移行のスケジュールに影響が出ることは必至だ」と頭を抱えた。

 しばらく沈黙が続いた。会議に出席しているメンバーたちはみな,固唾を飲んで成り行きを見守っていた。

 Mマネジャーは立ち上がり,メンバー全員にむかって話し始めた。「システム開発のトラブルは,その多くが“人災”だ。たった1人の担当者の気の緩みや判断ミスが,プロジェクトを破綻させてしまう。自分にとっては単純に見える問題でも,決してなめてかかってはいけない」。

 K君は,「またやっちまった」と思いながら聞いていた。忘れかけていた苦い経験がよみがえったのだ。2年前,やはり自分の報告ミスが原因で,あるプロジェクトを開発遅延の危機に陥らせたことがあった。

 Mマネジャーの話は続いた。「プロジェクトをうまく進めるには,メンバー間の意思疎通と問題の共有が不可欠だ」,「自分の行動がプロジェクト全体へ与える影響を考えられないようでは,プロとは言えない」…。

 K君は神妙に聞いていたが,「まあ,落ち込んでもしょうがない。これから遅れを取り戻して,名誉挽回すればいいさ」と考えていた。Mマネジャーは最後に,「これはK君だけの問題ではない。みんなも技術力に対する過信や,経験を積んできたがゆえの油断がないか,常に自問して欲しい」と締めくくった。

リーダー職を解かれる

 会議は,Mマネジャーやサブマネジャーたちが善後策を検討するということで終わった。その日の夕方,K君は内線電話でMマネジャーに呼び出された。「やれやれ。またお説教か」。K君は,少々げんなりしながら会議室へ行った。Mマネジャーはすでに,部屋にいた。

 K君がドアを閉めると,Mマネジャーがおもむろに口を開いた。「1回だけならまだしも,同じミスを2回起こした人は,その後もミスを繰り返す可能性が高い」。明らかに,K君のことを言っていた。K君は,「なんだよ。人を無能扱いして」と思ったが,口には出さなかった。Mマネジャーは,淡々と続けた。「そういうエンジニアを抱えておくことは,プロジェクトにとって大きなリスクになる」。

 これには,さすがのK君もぎょっとして,「どういう意味でしょうか」と聞き返した。するとMマネジャーは,「今の君には,開発チームは任せられないということだ。リーダーには違う人間をアサインする」と告げ,呆然と立ち尽くすK君を残して会議室を出て行った。

今回の教訓
・ITは道具に過ぎない。システムを計画・実現するのは人間だ
・プロジェクトは,多くの人が同じゴールに向かって進むから面白いし,意義深い
・自分の背中は見られている。自分の力を過信するな

岩井 孝夫 クレストコンサルティング
1964年,中央大学商学部卒。コンピュータ・メーカーを経て89年にクレストコンサルティングを設立。現在,代表取締役社長。経営や業務とかい離しない情報システムを構築するためのコンサルティングを担当。takao.iwai@crest-con.co.jp