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 前回の記事で,大分県のケーブルテレビ(CATV)事業者が福岡県の地上デジタル放送を「区域外再送信」するために,総務省に大臣裁定を申請していることを取り上げた。その結果は7月にも出るとみられていたが,8月に延期になった。「参議院選挙の行方を見てから決めたいのだろう」という声が,業界内から聞こえてくる。今回は,これまでの例を紹介しながら、この大臣裁定の本質について改めて考えてみたい。

 有線テレビジョン放送法(有テレ法)第13条3項の規定にあるように,CATV事業者と地上波放送事業者による再送信同意の交渉が合意に至らなかった場合,もしくは地上波放送事業者が交渉のテーブルにつかなかった場合,CATV事業者は総務大臣に対して裁定を申請できる。この裁定については有識者から,「同意しない場合の条件を地上波放送事業者に対して厳しく課すことで,CATV事業者が裁定を申請すれば,ほぼ同意が得られるような構造が問題なのではないか」といった指摘がある。

アナログ放送時代の裁定申請はわずか2件

高知市には,地上波民放が3局ある。加入すると「テレビせとうち」や「サンテレビジョン」が視聴できるため,高知ケーブルテレビの人気は高い
写真1●高知市には,地上波民放が3局ある。加入すると「テレビせとうち」や「サンテレビジョン」が視聴できるため,高知ケーブルテレビの人気は高い
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 大臣裁定の制度が確立したのは,有テレ法が改正された1986年である。そして翌年に,島根県松江市に本社がある山陰ケーブルビジョンが、兵庫県神戸市に本社があるサンテレビジョン(兵庫県の県域局)の再送信同意の裁定を申請した。もう一つの例が,高知県高知市に本社がある高知ケーブルテレビ(写真1)が1993年に,岡山・香川両県を放送区域としているテレビせとうちの再送信同意を求めて申請したケースである。いずれも裁定の結果,その地域では本来視聴できない番組が再送信されている。

 あくまで筆者の個人的見解だが,どちらのCATV事業者も地元の有力者の政治力を背景に,当時の郵政省に対して再送信同意の大臣裁定を申請したような印象である。今までこの2例以外に,大臣裁定が申請されたことはない。そもそも地上アナログ放送については全国各地で,放送事業者の同意を得ないまま区域外再送信を行っているCATV事業者が少なくない。

 しかし,地上デジタル放送については日本民間放送連盟の統一見解として,県域や広域といった現在の放送免許の範囲を厳守しようという姿勢が明確になってきている。またHDTV(ハイビジョン)番組に対して著作権者は,自らの権利保護に敏感になってきている。さらに権利者団体側が,民放キー局との間で合意した著作権料の対価としての放送エリアが想定の範囲を逸脱した場合に,報酬対価請求の担保をCATV事業者に求めることも想定される。

長野県や中国地区から相次ぐ裁定申請

 その例として,地上アナログ放送を無断で区域外再送信していた千葉県銚子市などのCATV事業者に対して権利者5団体が対価報酬を請求し,最高裁で権利者側の勝訴が確定したケースがある。ただし,大臣裁定という制度はあくまで,「放送法上のテレビ番組の送信システムをどうするのか」という問題だけを扱ったものである。そのため大臣裁定によって区域外再送信が可能になり,番組の制作者が意図しないエリアで視聴できるようになっても,それに伴う著作権料の支払いをCATV事業者が担保するものではないことを認識する必要がある。

 大分県に続いて6月13日には長野県のCATV事業者2社から,民放キー局の同時再送信を求めて大臣裁定の申請が行われた。一方で5月30日には中国地区のCATV事業者11社が,地上アナログ放送の再送信同意について裁定申請を行った。こちらは,山口県のCATV事業者が広島県の地上アナログ放送を、広島県のCATV事業者が岡山・香川の地上アナログ放送を,地上波放送事業者の同意なしに再送信していることが問題になっている。大分県の大臣裁定は,8月に結果が出る予定だ。この結果は,ほかの地域の裁定申請にも影響を与えることになるだろう。


佐藤 和俊(さとう かずとし)
茨城大学人文学部卒。シンクタンクや衛星放送会社,大手玩具メーカーを経て,放送アナリストとして独立。現在,投資銀行のアドバイザーや放送・通信事業者のコンサルティングを手がける。各種機材の使用体験レポートや評論執筆も多い。