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 これまでの携帯電話サービスを変える可能性を持った新技術が登場した。ユーザー宅内に設置可能な超小型の携帯電話基地局「フェムトセル」だ。家庭の商用ブロードバンド回線にフェムトセルを接続し,家庭内に携帯電話の基地局を作れる。携帯電話の基地局といえば,これまでビルの屋上や鉄塔上に陣取る巨大な構造物だったが,それが手のひらサイズまで小さくなり,家の中にやって来るのだ。

 フェムトセルの存在が初めて本格的に表舞台に姿を現したのは,2007年2月にスペイン・バルセロナで開催されたモバイル業界で最大級の展示会「3GSMWorld Congress 2007」において。スウェーデン・エリクソンや韓国サムスン電子,NEC,英ユビキシス,英アイピー・アクセスなど世界中のベンダーがこぞって製品やソリューションを展示。実稼働している姿を初めて一般公開した。

 フェムトセルのチップセット・ベンダーである英ピコチップ・デザインズ(以下ピコチップ)のルパート・ベインズ・マーケティング担当副社長は,3GSMにおける筆者の取材に対して「多くの携帯電話事業者はフェムトセルの導入に前向きになっている。2007年には世界でフェムトセルのトライアルが続々と始まるだろう」と話した。

 その言葉通り6月下旬,ソフトバンク・グループがフェムトセルの実証実験を開始。英アイピー・アクセス,英ユビキシス,モトローラなど国内外の有力ベンダーと共同で実験を進め,2008年春の商用化を目指すことを明らかにした(写真1,関連記事)。後を追うようにNTTドコモも,7月上旬にフェムトセルの取り組みを発表(関連記事)。自社開発したフェムトセルをこの秋から投入する計画を示した。

日本アルカテル・ルーセント製 日本ソナス・ネットワークス製 英ユビキシス製
英アイピー・アクセス製 サムスン電子製 モトローラ製
NEC製 エリクソン製 NTTドコモ製
写真1●各ベンダーが公開したフェムトセル。左上から右下にかけて順に,日本アルカテル・ルーセント製, 日本ソナス・ネットワークス製,英ユビキシス製,英アイピー・アクセス製,サムスン電子製,モトローラ製, NEC製,エリクソン製,NTTドコモ製

 2007年後半から2008年前半にかけて,日本においてもフェムトセルという新しい技術が携帯電話サービスに加わることになる。本連載ではフェムトセルがユーザーにもたらすメリットやその技術,実現に向けて残された課題などを明らかにしていく。

屋内のカバレッジ拡大,高速通信対応に加え,屋内通信が安くなる可能性

 フェムトセルは簡単に言ってしまえば,携帯基地局を無線LANルーター並みに手軽に取り扱えるようにして,家庭内に設置可能にした技術と言える。これによってユーザーは,屋内で携帯電話をつながりやすくできる(図1)。3Gのエリアが急拡大しているとはいえ,屋内ではまだまだ電波を受信しにくいエリアがあることも事実。ソフトバンクモバイルの宮川潤一取締役専務執行役CTOは「特に我々が使っている2GHz帯の周波数は,ドコモなどが使う800MHz帯と比べて屋内への浸透率が悪い。フェムトセルを使って屋内のカバレッジを抜本的に改善したい」と語る。

図1●携帯電話の基地局を無線LANルーターのように扱えるようにした「フェムトセル」
図1●携帯電話の基地局を無線LANルーターのように扱えるようにした「フェムトセル」
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 またユーザーが家庭内に置いたフェムトセルを独占できるため,複数ユーザーでシェアする屋外の基地局と比べて通信速度の向上が見込める。例えばソフトバンクモバイルがフェムトセルの実証実験を公開した席では,各ベンダーがこぞってテレビ電話や映像配信など多くの帯域を使うサービスをスムーズに表示できる様子をアピールしていた(写真2)。

写真2●各ベンダーはテレビ電話や映像配信など多くの帯域を使うサービスをスムーズに表示できる様子をアピール
写真2●各ベンダーはテレビ電話や映像配信など多くの帯域を使うサービスをスムーズに表示できる様子をアピール

 もっともユーザーにとっての表面的なメリットはこの程度。これらの利点は,事業者が既存の基地局をより充実すれば得られる。何もユーザー自身のブロードバンド回線の帯域を使って解消しなくてもよい話だ。

 それに対してサービスを提供する事業者側にとって,フェムトセルのメリットは非常に大きい。多くの携帯電話事業者が,増大する音声やデータ通信のトラフィックに対して設備の増強を強いられる中,フェムトセルを導入することで「屋外の基地局を増設するよりもコストを抑えられ,携帯電話のコア・ネットワークへの負荷も下げられる」(米ソナス・ネットワークスのアナン・パリック ワイヤレス・ソリューション&ビジネス・デベロップメント バイスプレジデント)からだ。

 事業者がフェムトセルで得られるコスト的なメリットを,ユーザーに還元するサービスを導入できれば,ユーザーにとってフェムトセルの魅力は増すだろう。たとえばフェムトセル経由の通信を定額にしたり無料にするようなサービスだ。

 家の付近(ホームゾーン)では通信料金を割り引くようなサービスは,携帯電話で固定電話を置き換えるという意味からFMS(fixed mobile substitution)サービスと呼ばれ,欧州の携帯電話事業者を中心にサービスが始まっている。これらの事業者は,現状では単なる料金施策としてサービスを導入しているが,フェムトセルを導入することでより採算面でバランスをとれた形でFMSサービスの提供可能になる。フェムトセルを導入する携帯電話事業者の多くがこのような形のFMSサービスを提供するだろうと,ベンダーの幹部は口をそろえる。

 なおフェムトセルは,無線LANと携帯電話機能を備えたデュアル端末を使ったFMC(fixed mobile convergence)サービスとほぼ同様のサービスも実現できる。端末と家庭に設置した装置との間の通信に,W-CDMAなどの携帯電話の仕組みを使うか,無線LANを使うかの違いだけだ。

 デュアル端末を使ったFMCサービスは,英BTやフランステレコムなど固定系を中心とした通信事業者が開始済み。ただ現状では対応端末の少なさがネックとなり,まだまだ多くのユーザーを集めるに至っていない。それに対してフェムトセルは既存の携帯電話をそのまま利用できるという利点がある。ピコチップのベインズ副社長は,「フェムトセルによって,既存の端末でFMCサービスが可能になる。デュアル端末はもういらなくなる」と強調する。フェムトセルを使ったサービスは,デュアル端末を使ったFMCサービス以上にユーザーが拡大するだろうとベンダーは口をそろえる。

同時接続数は4端末程度,フェムトセルの価格は100ドル程度を狙う

 フェムトセルの登場に大きな役割を果たしているのが最初にチップセットを公開したピコチップだ。同社のチップセットは,ユビキシスやアイピー・アクセスなど,フェムトセルの有力ベンダーの多くが採用している。ピコチップのベインズ副社長は「フェムトセルは,通信事業者のリクエストから生まれた」と打ち明ける。

 ピコチップやアイピー・アクセスなどは,ビルなどの構内において携帯電話のカバーエリアを広げる「ピコセル」と呼ばれる小型基地局を製造していた。これを,一般ユーザーが購入できるほど価格を下げたのがフェムトセルだ。費用がかさむ基地局設営のコストを下げ,同時に新しいサービスを提供可能にしたいという通信事業者の要望があったからだ。

 コストを下げるため,ピコセルでは1台当たり32端末ほどを接続できるのに対して,フェムトセルでは4端末程度に落とした。ちなみにフェムト(Femto)とは,ミリやナノと同種の単位語であり,10のマイナス15乗の意味。ナノの100万分の1,ピコの1000分の1に当たる。

 ピコチップのベインズ副社長は「我々はネットワーク・コネクタやLEDなども含めて,100ドル(約1万2000円)程度でチップセットを出荷できるまでコスト・ダウンを進めてきた」と強調する。

 一方で現状のフェムトセルは「完全にコンシューマーにフォーカスした製品」(ピコチップのベインズ副社長)。企業向けの展開については,各拠点のPBXと連携することが難しいという理由から,当面は検討していないという。フェムトセルはライセンスされた電波を使うため,携帯電話のコア・ネットワークと直接接続する必要がある。このため社内にあるPBXとどう連携させるのかが問題になるからだ。フェムトセルに関して言えば,「まずはコンシューマー向けにサービスを展開し,価格を下げることが重要」(ピコチップのベインズ副社長)。企業向けにおいては,当面デュアル端末やピコセルを使ったサービスが主役になりそうだ