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 第三営業部、改め第三事業部のメンバーには、“災難”が相次いでいます。顧客や協力会社と音信不通になったのです。「現場へ行け!」という中田部長の教えの通り、“失踪”した協力会社のオフィスに駆けつけた桜井君とリエピーですが、そこで不吉なものを感じました。一方、猫柳君も顧客企業の社長に突然会ってもらえなくなり、あわてて客先へと向かいましたが…。


「少しでいいからお会いさせていただけませんでしょうか。そりゃアポなしってことは重々承知してます」
 すっかり日が暮れかかったブルドッグ自動車の受付で、社長との面談をお願いする猫柳君です。
 ブルドッグ自動車は社長が一代で築き上げた独立系のカーディーラーです。通常、自動車の販売会社はトヨタ系、日産系などメーカー系列がほとんどですが、すべてのメーカーのクルマを扱う米国方式を採用し、そのユニークさでここ数年グングン業績を伸ばしてきました。株式公開に向けた経営の透明化のためのIT化投資が、今回のシステム案件の狙いです。
 受付といっても腰の高さくらい、ネズミ色の鉄の書類ロッカーがカウンターになっている古びた事務所の入り口です。総務部全体が見渡せる受付で懇願する猫柳君に、事務服の中年女性が対応しています。
「そうおっしゃられましても…社長は不在で…」
「お願いしますよ、ほんっと、一生のお願いです」
「いないんですよ、社長は客先に行ってまして、戻り時間も分からないんです」
「嘘ですよ、居留守でしょ? 裏のガレージにアレありましたよ」 小さな声でささやく猫柳君。
「あら、あなたアレ見つけちゃったの…うーん」 女性は根負けした、という感じで小声で話し出しました。
「あなたが来たら、『いないって言え』って言われてるのよ。困ったわ…」
 そこに、袖カバーをつけた恰幅の良い男性が通りかかりました。
「あ、専務」
「あら、猫柳君。久しぶり…って、こりゃヤバイのにつかまっちゃったな」
 踵を返して逃げようとする専務を、猫柳君が追いかけます。
「専務、専務、ちょっと待って下さい。なんで社長は僕に居留守使ってるんですか?」
「居留守って、実際留守なんだけど…」
「彼、裏のアレ見つけちゃってるんですよ」
 女性が助け舟を出しました。
「むむむ。さすがだな。社長はあのスカイラインを誰にも絶対触れさせないってことを、君、知ってるね」
「当たり前ですよ。KPGC110のオリジナルは見間違えませんよ」
「おお、そうだった、そうだった。君はクルマに詳しくて、それで社長にすっかり気に入られたんだよなあ」
 うーん、と腕組みをした専務は、黙って奥の階段を指差しました。
「行ってみなさい」
「え?」
「社長が君を気に入ったのは、クルマの知識だけじゃなかった。営業としての根性も相当気に入ってたのを、今思い出した。いいから行ってみなさい。行って社長の居留守の意味を自分で聞いてきてごらんよ」
「い、いいんですか? ありがとうございます、専務!」
 ペコリと一礼すると、猫柳君は社長室に向かって走り出しました。ブルドック自動車の自社ビルの殺風景なコンクリートの階段を最上階の4階まで駆け上がった猫柳君ですが、社長室の前で立ち止まりました。
「入れてもらったのはいいけど…どうする、僕? 社長は、なんか怒ってるんだよなあ。原因が分かんないのに、会って何を話せばいいんだ?」
 猫柳君は少しの時間、逡巡しましたが思い切ってドアを開けることにしました。
「うーん分かんないけど、『答えはお客が持っている。聞きにいけばいいことだ』って中田部長が言ってたよな」
 今まで何度も開けたことがある古い真鍮製のドアノブは、いつもより冷たく、そして思いのほか手応えがありました。

「よし、開いたぞ」
 非常階段から鉄製の重量のあるドアノブを回して、やっと楽多ソフト開発のフロアにたどり着いた桜井君とリエピーこと後藤さんです。
「トゥルルッ!トゥルルッ!トゥルルッ!」
「外線電話は鳴りっぱなしですね」
「うん。全く人の気配がないね…。社員数300人の会社とは思えない。誰かいないかな…仕方ない、奥に行ってみよう」
 背が高い受付のパーティションをぐるっと回って、2人が事務所に入ろうとした、そのときです。
「こら! オノレら何の用じゃ!」
 背後から聞こえたドスの効いた関西弁に、2人が振り返ると、白のエナメルの靴、紫のスーツ、黒いワイシャツのエリから金のネックレスがのぞくパンチパーマの男が立っていました。
「わしが便所に行ってる間に、なにをコソコソしとるんじゃ、こら!」
『万事休す。ああ、ダメだ。もうダメだ。リエピーは外国に売られるんだ。僕はコンクリート詰めで東京湾だ。ああ、死ぬ』 桜井君が白目をむいたときです。リエピーが思いがけないことを言いました。
「あ、あたしたちは電話局の方から来ました」

(イラスト:尾形まどか)

「お、そうか電話屋か。電話屋が何の用じゃ?」
「お支払いの件なんですが」とリエピーが続けます。
「なに、いちびったこと、ぬかしとんねん。見たら分かるやろ、この会社はもうつぶれたんじゃ。電話代なんか払えるか」
「そういうことですと、今すぐサービスを停止させていただきますが、よろしいですか?」
「勝手にさらせや」
「そうすると大事な電話もかかってこなくなりますよ。例えば入金の話とか」
「むむむ…確かに売り掛けが残っとるとこもあるなあ」
「あと電話の権利金もありますよ。ここは回線数も多いですし」
「…よっしゃ、電話のねえちゃん、ちょっと待っとけ」
 そういうとパンチパーマの男は奥に引っ込んでいきました。ぶるぶる震えていた桜井君がゆっくり息を継いで話し出しました。
「リ、リエピー。君はどうしてあんなに毅然としてられたの? 僕はもう怖くて怖くて」
「あはは。あたしのお父さん大阪出身なんで関西弁は怖くないんですよ」
「関西弁っていうか、ヤクザだよ」
「大丈夫ですよ。大阪の人は可愛い女の子に弱いんですって!」
「あのね、きみどこまでポジティブなの? だいたい電話局なんて嘘ついて、バレたらどうすんだよ。急いで逃げよ!」
「あたしは電話局の“ほう”から来たって言っただけですよ。ちょっと古典的でした? そんなことより、ここからは桜井さんの出番ですよ」
「ええっ? もう帰ろうよ…」
「ダメですよ。菅原機械さんはどうするんですか? ここで桜井さんが逃げたら、一番困るのはお客さんですよ!」
『そうだ、お客さんのために頑張らなくちゃ。ここで僕が逃げたら、あのプロジェクトは大変なことになる。鬼がでるか蛇がでるか、リエピーだって頑張ったんだ。ここからは僕の番だ』 桜井君が大きく息を吸い込んだとき、ブルブルッと携帯電話がふるえました。
「あ、中田部長からメールだ…おっ、なるほど。よし、そうか。やったるでー」
「桜井さん、変な関西弁やめてください。チカラが抜けちゃいます。」
 そんな2人の前にぬっと現れたのは、Yシャツの襟が黄色くなった、もう何日も着替えてなさそうな小柄な中年男でした。男は死んだ魚のような目で、2人に言いました。「どうぞ、こちらへ」
次回に続く

今号のポイント:変化を読める営業になろう

 お客様にせよ、取引先にせよ、訪問するのは営業担当者です。そこで折衝して帰ってきてからレポートを書き、上席者に報告するのが仕事なのですが、実は、文字に残らないものほど大事なことだったりします。営業はいろいろな「変化」を発見するクセを身につけなければなりません。それは、日頃からいろんなものを目に焼き付けてインプットしておくことです。すると変化が見えてきます。
 お客様や取引先の変化では、受付の女性がいなくなったなんてのは、誰でも分かりますが、変化はほかにもあります。いくつか例を挙げてみましょう。

 受付を通るだけで、たくさんの変化を見つけることができます。例に挙げた「悪い変化」は合理化のためにとる手段でもあって、そういう兆候の会社がすべて危険と言っているわけではありません。ただ、急激な変化は危険です。景色が変わったなと思ったら、上司と同行してみましょう。
 もう少し簡単なのが、人を通して判断する方法です。

 変化を読む初級編は「人が変わってなんか変だ」です。中級編が「景色がなんか違うぞ」、上級編は「怪しい気配がする」となります。この3段階で読めるようになりましょう。え、私ですか? 部下の報告だけで取引先の状況をピタリと…当てたいものですね!

油野 達也
自らもトップ営業として活躍しながら、自社の営業担当者だけでなくパートナー企業の若手営業、SE転身組を長期にわたり預かる育成プログラムに尽力。ITコーディネータのインストラクター経験もあり。