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 第三営業部が事業部に昇格した後、猫柳君は新興のカーディーラーを開拓し、受注一歩手前のところまでこぎ着けました。しかし突然、その企業の社長が会ってくれなくなりました。新任の根積課長に同行してもらった直後の出来事です。強引に社長室に入り込んだ猫柳君を待っていたものは…。一方、姿を消した協力会社を追う桜井君とリエピーにも新たな展開があったようです。


『あー。まいったなあ。本当にまいったなあ。どうしたらいいんだろう。破れかぶれもほどほどにしないと、こういう事態になるんだよなあ』
 ここはブルドッグ自動車の社長室。木製の両開きのドアの片方を開けると、見慣れた派手な赤いじゅうたんが猫柳君を迎えました。入ったところには、8人が座れる大きな応接セット。その奥には、大きな両袖の木製の机があります。そこに古戸社長は座っていました。
 古戸社長は入室してきた猫柳君を全く無視して金色のデスクライトを手前に引き寄せ、台帳と伝票をにらめっこし、猛烈なスピードで電卓をたたいています。
「社長、古戸社長。猫柳です。さっきからお邪魔してます。なんとか言ってくださいよ」
 そう言ったのはこれで3回目。もうかれこれ30分も、ドアの横で立ち尽くしたままの猫柳君です。

(イラスト:尾形まどか)

「帰るわけにもいかないし。一生懸命仕事してるみたいだから、邪魔もできないし。第一、近づくの、怖いよう。どうすればいいんだろう」
 曇り空の冬の日はあっという間に暮れてしまい、窓の外はすっかり真っ暗です。雨が降り出しそうな気配がしてきました。じゅうたんばりとはいえ、猫柳君の足元はすっかり冷え切ってしまいました。

 それから2時間が経過し、真っ暗になった空から雨が降り出したころ、ブルドッグ自動車の社長室では、部屋の主が眼鏡を外し、台帳を閉じました。
 猫柳君はどう切り出していいか分かりませんでしたが、とりあえず「お疲れ様です」と言ってみました。
 ギョロリとにらみつけたあと、椅子からゆっくり立ち上がりながら古戸社長は言いました。
「まーだ、おったのか。君もしつこい男だな。よし分かった。そこに座れ」
 古戸社長はソファにゆっくりと回り込み、どっしりと腰をおろしてタバコに火をつけました。
「わしが連絡しなくなったわけが分からないのか?」
 ドアのところから猫柳君はあわてて駆け寄りました。彼が座るが早いか古戸社長が口を開きました。
「あの課長だよ」
「はあ?」 根積課長が何か粗相をしたっけ? ソファに腰掛けながら、頭の中は前回の折衝の様子がグルグルと駆け回る猫柳君です。
「あのときの話題を覚えているか?」
「ええ、確かゴルフの話で盛り上がってましたよね」
「そうだ、相当ゴルフが好きだと言うから、山奈カントリーで行われるプロトーナメントのチケットを送ってやったのだ」
「あ、なんかそんな話をされてました。『ではチケットを送ってあげよう』って社長がおっしゃってたら『あああ、大変感激です』とかなんとか言ってました」
「しかしだ!」
 古戸社長はドンと大きく机をたたきました。
「あの男、その後いっさい連絡してこんのだ!」
『あちゃー、しまったー。あの課長なら、そこまで気が回るわけないよな』 そう思う猫柳君。
「普通は『行ってきました。楽しかったです。ありがとうございます』と連絡してくるだろう。いや、わしはなにも礼を言ってほしいといっているのではない。あんな男に礼を言われたところで、別にどうでもよろしい。しかしだ。これから我社の株式公開に向けてのパートナーとして、付き合ってもらう会社の営業課長が…」
 古戸社長は天井を仰いで言いました。
「あれではダメだ。わしは営業一本でのしあがってきた人間だ。ああいう男は絶対に信頼置けん。その場しのぎで適当なことを言う男はイカン。最悪だ」
「これから仕様の策定に入れば、我社は新興企業だ。いろいろワガママも言うだろう。身の程を知らん要求をするやもしれん。そのとき『それは辞めときましょう』とか、『次期システムに回しましょう』とかのアドバイスをせず、できもせんのに『できます、できます』と安請け合いするに決まっとる。そして挙句の果てには、納期遅れ、品質不良を起こすのだ」
「社長、お詳しいですね…IT業界の人みたい」
「バカもん! それくらい知り合いの社長たちから聞いておるわ」
『さすが裸一貫で勝負してきた人だ。僕が気に入られてたのは事実だろうけど、それだけで受注が決まりかけてたわけじゃないんだ。システムのことも勉強されて、うちに決めようと思ってくれてたんだ』
 猫柳君はいまさらながら感心しました。しかし、感心している場合ではありません。
「社長、担当営業は僕です。課長は関係…ないこともないけど、まあいいじゃないですか」
「まーだ、分からんのか?そんな男を課長に据えとる君の会社はろくでもない会社に決まっとる。営業を軽くみとる。営業軽視だ。許せん。君のところのトップは、営業なんて誰でもできると思っとるんだ。どうせ部長も役員も営業経験のないアホに決まっとる。そんな会社、だーれが付き合うか!とにかくそういうことだ。とっとと帰れ。二度と来るな」
 古戸社長は自分の言葉に自分で盛り上がってしまったようです。まだ火のついたタバコが灰皿にあるのに、もう1本タバコに火をつけました。
『あーあ、最後の1ピースだったのに。何千ピースのパズルを一生懸命組み立ててきたのに。社長のこと好きだったなあ。すごいワガママだけど営業たたき上げの迫力満点で。ぼくはもっとこの人から教えてもらいたかった。もう二度と会ってくれないだろうなあ』
 そう思うと猫柳君の視界が急にぼやけました。
『あーあ。最近泣かなくなったって言われてたのに。またみんなに冷やかされるよ』
 猫柳君はもう古戸社長の顔をまっすぐ見ることもできず、席を立つこともできず、じっとひざの上に落ちる涙を見ていました。

 ちょうど、そのころ…
「どうぞ、お座りください、なんでも電話の話とか」
 死んだ魚の目を持つ男は、薄汚れた小部屋に2人を通しました。部屋の半分には、いくつもの15インチのディスプレイと、廃棄用なのか転売用なのか分からない中古パソコン本体が積まれ、その脇に押しやられたように会議用のテーブルとパイプ椅子がありました。
「失礼ですが、こういう状況ですので先にお宅様から」
 思い切って桜井君が切り出しました。
「あ、これは失礼しました。わたしは楽多システムメンテナンスの取締役で甲森と申します」と、その男は名刺を出しました。
「私たちは菅原機械さんのプロジェクトの発注元で、こういうものです」と、名刺を差し出す桜井君とリエピーこと後藤さんです。
「…そういうことでしたか」
 その男のしまったという表情を見逃さないで、リエピーがすかさず突っ込みました。
「社長はどこにいるんですか? これはいったいどういうことなんですか?」
「あ、楽多ソフト開発さんのことですか? それなら弊社とはかかわりありませんね」
「え?」 桜井とリエピーは顔を見合わせました。
「全く別会社でして、私どもは同じフロアを借りてるだけです」
「そんなバカな…」
「さ、分かったらお引き取りください」
「でもラクダって名前が一緒だし、グループ会社とかじゃないんですか?」
「しつこいな、あんたたちも。確かにうちは楽多ソフトさんのユーザーを保守する会社ですが、資本関係もなんにもありません、はいはい帰った、帰った」
『くそー、怪しい。ぜったいウソついてる。せっかく、リエピーの機転で第一関門を突破したのに…』
 桜井君がふと目をやると、リエピーの小さな握りこぶしが、ヒザの上で震えているのが視界に入りました。『やっぱり彼女だって怖かったんだ。ここで僕がやらなくてどうする! でも、何て言えばいいんだ…』
次回に続く

今号のポイント:営業の仕事は“連携”が大事

 営業は受注や売り上げをたてることが仕事、とまあ一般企業ならそうなのですが、SI会社の場合、企業によっては、もしくは事業部によっては、そうではなかったりします。ここでSI会社のビジネスを、営業活動を軸に分かりやすく分解してみましょう。

 これらすべては連携しており、もしどこかで分断されると赤字プロジェクトの原因になります。お客様の責任者は最初から最後まで同じ人です。連携が悪いと、お客様にその“スキ”を突かれて交渉が不利になったりもします。逆に、これらのプロセスが連携していれば、たとえプロジェクトに問題がおきても、裁判沙汰になることはまずないといえます。

油野 達也
自らもトップ営業として活躍しながら、自社の営業担当者だけでなくパートナー企業の若手営業、SE転身組を長期にわたり預かる育成プログラムに尽力。ITコーディネータのインストラクター経験もあり。