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 この数年、公務員制度改革が話題となる。キャリア制度の廃止や天下り、早期退職慣行の見直しなどこれまでタブー視されてきた領域も俎上に乗る。だが議論は迷走し答えが出ない。大きな方向ではスト権付与や民間企業の成果主義に近づけるのが正しい。だが一般論だけで割り切れないのがキャリア官僚(幹部候補生)の扱いである。本稿ではこの問題に特化して考えてみたい。

キャリア官僚の存在意義――一定の年季と経験が必要な職種

 各省事務次官に代表されるキャリア官僚の評判はまったくよろしくない。先だっての小池防衛相と守屋次官の対立でも世論は概ね「大臣を差し置き官邸に乗り込む官僚の横暴」を指弾する。最近では官僚が何らかの自己主張をするとすぐに「選挙で選ばれていないくせに政治家の言うことをきかない」「社長の言うことをきかない部下はけしからん」と批判される。

 だが官僚は本当に社員のように大臣や議員に完全に従うべきか。あるいは企業組織の上下関係を大臣―官僚間に当てはめるべきか。筆者は疑問がある。政治は短期的利害で動き、あるいは大衆心理や特定政治家の権力欲に流されることがある。その極めつけが猟官政治である。その抑止のために米国では古くにペンドルトン法が制定され職業公務員の身分保障と独立性が制度化された。わが国を初めとする各国の公務員制度には「公務員が専門家の観点からプロ意識を発揮し、行政に対する政治の過剰介入を防ぐ」という機能が埋め込まれている。

 したがって幹部官僚には一定の裁量権と政治からの独立性を与えるべきだ。幹部官僚の仕事は複雑だ。政府は現場の実務家や技術官僚から構成される巨大組織だ。それを統率し、そして政治との接点において巧みな利害調整をする。この仕事をやり遂げるには一定の年季と経験が必要である。政治家や財界人の短期的登用では無理だ。公職をキャリアとする専門官僚群が必要となる。だが各省庁のキャリア官僚に自己統治や自律管理は期待できない。これは現行の省庁別に閉じたキャリア制度が天下り法人の乱立や厚遇問題をもたらしたことからも明らかだ。

課題は選抜の門戸開放――幹部官僚の選抜は40歳以降に

 実は筆者も大学卒業後の数年間、運輸省のキャリア官僚だった。その後、外資系コンサルティング企業、そして大学に転じた。その間多数の財界人、官僚、政治家、大学教授、新聞記者などと行革関連の仕事をした。その経験に照らせば霞が関の幹部の仕事は官僚出身者以外にはなかなか務まらないと思う。

 能力の問題ではない。霞が関はあまりにも非合理な暗黙知の多い世界である。組織の運動法則を理解するだけで数年かかる。いわゆる政治任用や民間人、財界人の登用だけでは到底、機能しない。やはり何らかのキャリア官僚制度、つまり幹部官僚になることを期待された候補人材群が必要である。考えてみれば幹部候補生を置かない組織は存在しない。企業にも必ずある。中途採用や敗者復活、大胆な抜擢を交えつつも必ず幹部候補生を選抜・育成する仕組みがある。霞が関にだけそれを禁ずるのはおかしい。

 キャリア官僚制度が機能しなくなった理由は3つある。第1は、狭い役所内の人事異動だけでスキル・能力が磨ける時代ではなくなった。第2に、20代で東大や京大を卒業し公務員試験に受かったことが幹部官僚としての適性の証明にならなくなった。第3に待遇悪化で優秀な人材が他の職業をめざすようになった。

 以上を前提とすれば対策は明らかだ。まず少数精鋭に限定したキャリア官僚制度を再構築する。給与や年金を上げ、天下りがなくても生活に困らないだけの待遇を用意する。選抜の時期と方法は抜本改革する。まず選抜の時期を40歳前後とする。選抜はそれまでの業績と希望に基づき入省時の試験区分で決めない。大部分は各省の大卒から登用するが高卒人材、地方公務員、民間からも広く募る。またキャリア官僚の人事権を各省庁から内閣官房の人事委員会に移す。各省とネゴしつつもそこが霞が関全体の人事部としての采配を振るう。人事委員会のメンバーは各省のOBで構成する。政治家には一切関与させない。その代わり「各省出身者は出身省庁の局長、次官にはなれない」といったルールを示し「官僚制度」そのものへの国民の信頼を確保する努力をする。幹部候補生となったものは当然、出身省庁の背番号から外れる。

 これは依然、官僚に自己統治を委ねる仕組みだがそこに相互牽制の仕組みを導入する。つまり毒は毒をもって制するのである。そうこうしていくうちに人事委員会が機能し始めればバランスの取れた人事配置ができるようになるだろう。霞ヶ関は世間で思われているほどの学閥社会ではない。今でもキャリアでさえいれば出身大学や試験区分に関係なく幹部になれる。きちんとしたルールさえ決めればそれで新しい制度が機能し始めるはずだ。

 人材育成の方法も刷新する。例えば40歳以後にキャリア官僚を目指す場合には他省庁、自治体、企業への出向のほか海外勤務の経験を必須とする。いろいろな組織を経験することで民間の一流人材に負けない経験が積めるからだ。逆にこれを条件とすれば国際機関出身者や様々な職業を経験してきた異色人材も官僚組織に入ってこれる。

 筆者の提案は「キャリア制度廃止」を求める世論に逆行する。だが政治はときに迷走する。行政の継続性と安定性を維持するのはやはり幹部官僚である。その仕事はやりがいがあるものの必ずしも国民から理解されず待遇面でも恵まれない。

 今のままでは日本国政府は有為の人材を確保できない。強すぎる省庁、そしてキャリア官僚の横暴は抑制すべきだ。だが昨今の改革は官僚制度を全否定する方向に行きつつあり危険だ。官僚の適正な統制と同時に健全な政府の運営を考えた制度改革が必要だ。

上山氏写真

上山信一(うえやま・しんいち)

慶應義塾大学総合政策学部教授。運輸省、マッキンゼー(共同経営者)、ジョージタウン大学研究教授を経て現職。専門は行政経営。『だから、改革は成功する』『新・行財政構造改革工程表』『ミュージアムが都市を再生する』ほか編著書多数。