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会社の強さを生かした製品構想を練る

 事業の枠組みを見直し,マインドセットの整地作業が終わったら,次はいよいよ製品構想を練る番だ。「iPhoneがヒットしているから,タッチパネルを採用して,音楽機能を加えればいいだろう」---。このように,ただ流行を追うだけのモノヅクリでも,全力投球をすればある程度のヒットにはつながるかもしれない。しかし,表面的に真似をするだけの製品を作れるメーカーなら,他にも世界中にいくらでもある。し烈な競争にさらされる割には大きな成功も望めず,次の展開にもつながらない。

 本質的な成功を目指すのであれば,「モノ」づくりだけで終わらせず「コト」づくりまで,つまり世の中の動きにまで昇華させる製品構想が必要だ。モノ溢れの時代でも他製品に埋もれないしっかりとしたアイデンティティを持ち,背景に持続,発展しそうな製品思想を感じさせる。そんな構想の製品なら消費者に根付き,新しい文化を生み出すことにもなるかもしれない。アップルのiPhoneでは,「デジタルライフスタイル」の構想が,これに当たる。

 中には,そうした製品構想を,どう作っていったらいいかわからないという会社もあるだろう。しかし,その答えは往々にして会社のDNAに埋め込まれている。自分の会社がどういう成り立ちで,どういう思想を持ち,何を強みにし,どのように世の中に受け入れられているか。全力で勝負をするということは,自社の強みを最大限に生かすことであり,そこまで徹底的に突き詰めることを意味する。流行を追っただけのパッと出の思いつきの構想では,結局,ユーザーどころか社内にも根を張らないで終わってしまうのがオチだ。

 アップルの音楽事業は,iPodを発売した2001年に突然,降って沸いたように思っている人が多いかもしれない。しかし,その根っこにあるのは「デジタルライフスタイル」の構想であり,それをさらに突き詰めると,同社の原点である「パソコン事業のあり方」に行きつく。アップルは1970年代,買ってすぐに使えるパソコンを開発して創業して以来,常に時代にあった「パソコンのあるべき姿」を追求し続けてきた会社だ(写真2)。その根っこの部分はiPhoneを発売し,社名「アップルコンピュータ」から「コンピュータ」の文字を取った今でも変わらないどころか,ますます強まっているフシがある。iPhoneによく似た「iPod touch」は,単体で音楽を買うことができるし,本来,パソコンに依存しない製品にすることもできたはず。だがiPhoneもiPod touchもパソコンなしでは使えない(写真3)。買って電源を入れると,まずパソコンへの接続を促されるのだ。

写真2●アップルが創業30周年を迎えたMACWORLD EXPO/2006の講演   写真3●パソコンなしでは使えないiPhone
写真2●アップルが創業30周年を迎えたMACWORLD EXPO/2006の講演
スティーブ・ジョブズCEOは講演の最後に創業時の写真を映し出し,「最良のパソコン作り」を目指す姿勢は今も変わらないことを強調した。
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  写真3●パソコンなしでは使えないiPhone
iPhoneもiPod touchも,パソコンとの接続を前提としている。
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初製品は価値共有した少数精鋭体制で

 事業の枠組みを整理し,その上に構想を築いたら,いよいよそれを形にする開発体制を整える必要がある。ここでも上記のゼロから作り直す発想が重要になる。というのも,今日,携帯電話をはじめとする日本の工業製品を作る社内体制は肥大化し,分業が進み過ぎていることが多いからだ。

 例えば携帯電話に組み込まれたアプリケーション1つをとってみても,そのアプリケーションの核の部分を作る部隊,通信部分を作る部隊,サーバーを担当する部隊,ユーザー・インタフェースを設計する部隊と多くの部隊に分かれている。相互連携が取れていないどころか,顔を合わせたことさえ一度もない,といった話を聞くことがある。関わる人が増えれば増えるほど,不要なやりとりが増え,意思統一が難しくなる。

 こうして分業が進めば進むほど必要なやりとりが減り,製品の出来栄えがちぐはぐになりやすくなる。多人数での分業をなんとかつなぎ合わせているのが仕様書だが,iPhoneの魅力はとても仕様書にまとめられるものではない。「心地よいスクロール」などと書いても,そこから思い浮かべる動きは人によって違うし,かといって数値化して表せるものでもないからだ。

 だとすれば,製品が持つ美学や世界観で,コンセンサスが取れている少数の決断者達が,製品開発の細かいところまで踏み入る形で関わる体制作りをしていかなければならない。「どうやれば意思統一がとれたモノヅクリができるのか」,その発想を原点にして破綻のない形で製品開発のチームを構成していくことが重要だ。

 人数はできるだけ少ないほうがいい。いずれ製品が成功して,次の事業に発展していく段階では,最初の製品が規範になり,コンセンサスも取りやすくなっているため,チームの拡大が可能だが,見せられるモデルがない段階では,できるだけ少ない人数に絞り込んだ方がよいからだ。そして製品そのものの方も,なんでも盛り込むのではなく,とりあえずは自社の強みを生かした,製品の特徴となり個性となる部分を,しっかりと作り込んだ方が得策である。

 iPhoneの先祖となる最初のiPodが,いい手本となる。この製品は,外観もシンプルなら機能も極めてシンプルで,音楽再生以外の機能は一切持っていなかった。最初はまっさらな状態からシンプルにスタートし,ユーザーに意図が伝わっていく様子を,しっかりと感じながら,慎重かつ堅実に少しずつ事業を拡大していった。これがiPod,そしてそれに続くiPhoneが歩んだ成功への足取りだったのである。

林 信行(はやし のぶゆき)
ITジャーナリスト。1980年ごろからアップル社の動向に関心を抱き,1990年から本格的な取材活動を始め,その技術的取り組みやモノづくりの姿勢,経営,コミュニティづくりなど,多方面にわたって取材を続けてきた。Mac雑誌2誌のアドバイザーを経て,現在は日本国内に加えて米国,フランス,韓国などの海外メディアにも記事を提供している。アップル以外では,グーグルをはじめとする検索市場の動向,ブログやSNSの動向についても2001年ごろから記事を書いている。主な著書に『アップル・コンフィデンシャル 上下巻』(アスペクト刊/共著),『ブログ・オン・ビジネス 企業のためのブログマーケティング』(日経BP社/共著),『mixiの本』(アスペクト刊/共著)などがある。
iphoneショック
日経BP社,2007年12月20日発行
264ページ,1680円(税込み)