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 「見える化」という言葉に対して、皆さんはどのようなイメージをお持ちだろうか。IT業界では、企業業績やプロジェクトマネジメントを可視化するための手法を指す言葉としてしばしば使われる。それはそれでよいと思うが、本来の見える化にはもっと深い意味がある。IT業界も、そこにもう少し注目していいのではないだろうか。

 見える化は、トヨタ生産方式を支える考え方の一つである。カイゼンやジャスト・イン・タイムなどと並び、トヨタ自動車の強さを生み出す原動力とされている。基本的に、「問題点を常に“目で見える”ようにする」という意味である。

 これは単に、パソコンの画面でいつでも問題点をグラフ表示できるような機能を指しているわけではない。パソコンを見に来るという行動をあてにせず、「人の目に飛び込んでくるように“見せる”こと」が重要とされている。具体例を挙げれば、生産ラインの一部に異常が生じたとき、どこでどんな異常が起こったのかを他の人々に即座に知らせる異常表示盤「アンドン」がある。従業員の誰もが見える場所にアンドンがあり、異常が起これば瞬時に情報共有ができる。迅速なトラブル対応を促すための仕組みだ。

 さらに、問題点をアンドンで見えるようにすれば「見える化」なのかといえば、そうではない。トヨタによれば、「異常が生じたらすぐにラインを止め、その原因を取り除き、悪いところを改善する」というカイゼン・サイクルを、現場で日々回すための道具の一つがアンドンなのだという。つまり、見える化とカイゼンは密接につながっている。その結果として、生産ラインにおいて「不良を絶対に後工程に送らない」という強いプロセスを生み、カイゼンをコツコツと積み上げていく組織学習の場を作り上げているとされている。システム構築プロジェクトに携わる人々にとって、特に「不良を絶対に後工程に送らない」というのは耳の痛い話だが、大いに見習うべきと言えるだろう。

チーム・メンバーの誰もが進捗の異常を一目で理解

 こうした本来の見える化を実践しているシステム構築プロジェクトはあるのだろうか。過去の取材の記憶をたどってみたが、まずアンドンのように「誰もが一目で異常に気付く仕掛け」を取り入れているウォーターフォール型の開発プロジェクトは思い浮かばなかった。

 だが、意外にと言うべきか、アジャイル開発には本家の見える化の要素が多く取り込まれているようだ。アジャイル開発では開発作業を1週間単位に区切って進めることが多いが、その中での進捗状況を視覚化する「バーンダウン・チャート」がアンドンと同じような役割を果たしている。

 バーンダウン・チャートは、あるチームが1週間で実行すべきタスクの残工数を図示した進捗管理用の折れ線グラフだ。日々、作業が進むと残工数は減り、折れ線が右肩下がりにゼロへ近づいていく。このチャートはチーム・メンバーの全員が目に付く場所に掲示されるので、その週のゴール(残工数ゼロ)までどのくらいの距離か、メンバーの誰もが進捗状況を一目で理解できる。

 何か問題が起これば、グラフは横ばいか右肩上がりになるので、メンバー全員が異常の発生にもすぐ気付く。この問題点の「見える化」により、対策を打つタイミングを誤ることはなくなり、チーム全体で問題意識を共有しながら事に当たれるようになる。アジャイル開発では、このほかにも目に見える管理手法を取り入れている。

優秀なプロマネの知恵を見える化して組織学習を促す

 現場の「組織学習」という点では、情報処理推進機構(IPA)ソフトウェア・エンジニアリング・センター(SEC)の見える化部会における取り組みが興味深い。この部会は『ITプロジェクトの「見える化」』(上流工程編と下流工程編の2冊)というプロジェクトマネジメントの解説書を出版しており、プロジェクトに内在するリスクやトラブルの兆候を見える化するための研究成果を紹介している。

 ここで話は一度脇道にそれるが、早稲田大学大学院教授である遠藤功氏の著書『見える化』によれば、トヨタ流の見える化には、(1)問題、(2)状況、(3)顧客、(4)知恵、(5)経営、という五つのカテゴリーがあるとしている。この中で、プロジェクトマネジメントと特に関連があるのは(1)問題、(2)状況、(4)知恵の見える化である。

 SEC見える化部会の解説書は、システム構築プロジェクトに関する(1)問題と(2)状況の見える化を第一義的な目的としている。しかし、実は(4)知恵の見える化にも大きなポイントがある。なにしろ2冊の解説書の構成は異色だ。1冊のページ数は200ページほどだが、その3~4割は優秀なプロマネの知恵を注ぎ込んだ「チェックシート」や「トラブル事例」、リスクや進捗、品質などを定量的に測定するための「測定項目リスト」で占められている。いずれも知恵を見える化して、組織学習を促すためのものと言えるだろう。プロマネのスキルはどうしても属人的になりがちだが、知恵を見える化すれば組織全体としての問題解決力が向上する。もちろん、チェックシートなどの陳腐化を防ぐために、継続的にカイゼンしていくことも推奨されている。こうした点が本家の見える化に通じていると考える。

 トヨタ流の見える化は、専門家でも「奥が深い」と唸るらしい。ここで触れた話も、本家見える化のごく一部にすぎないし、筆者の理解が浅いとお叱りを頂くかもしれない。それでも、IT業界がもっと本家の見える化に学べば、トヨタばりの高い生産性に少しでも近づける可能性があることは確かだ。道のりは長いだろうが、その一歩を踏み出す時期に来ているのではないだろうか。

 なお、10月17日には「見える化」をテーマにしたセミナーも開催する。ご興味のある方は、ぜひご参加ください。