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本記事は日経コンピュータの連載をほぼそのまま再掲したものです。初出から数年が経過しており現在とは状況が異なりますが、この記事で焦点を当てたITマネジメントの本質は今でも変わりません。

 インフォメーション・エンジニアリングの提唱者として著名なジェームス・マーチン氏に,情報システム部門が今何をすべきか尋ねた。マーチン氏は,「インターネットを駆使したデジタル・ビジネスの創出に取り組むべき」と答え,その実践に向けて五つの提言をした。何よりも,「自社の強みとなるビジネス・プロセスを明確に定義しておくことが重要」という。

写真1●システム開発方法論「インフォメーション・エンジニアリング」の提唱者,ジェームス・マーチン氏
写真1●システム開発方法論「インフォメーション・エンジニアリング」の提唱者,ジェームス・マーチン氏

 「アマゾン・ドット・コムやヤフー!といったデジタル・ビジネスの成功例はごくごく小さいものにすぎない」。データ中心アプローチやRAD(Rapid Application Development),CASE(Computer Aided Software Engineering)などを提唱してきたジェームス・マーチン氏は,急速に拡大するインターネット・ビジネスを「デジタル・ビジネス」と呼び,そのインパクトをこう表現した。本格的なデジタル・ビジネス時代を迎えたとき,アマゾン・ドット・コムですら,嵐に吹き飛ばされてしまうかもしれないというのである。

 マーチン氏は続ける。「デジタル・ビジネスの世界で成功するために,企業は大胆なゴールを設定し,迅速なアクションをとり,常に進化し続けることが必要だ」。では,企業の情報システムをあずかる情報システム部門は何をすればよいのか。マーチン氏は本誌の質問に答え,情報システム部門に向け,「デジタル・ビジネスに貢献するための五つの提言」をしてくれた。

提言1:バリュー・ストリームを探せ

 「デジタル・ビジネスの世界において競争優位を獲得するためには,まず“キラー・バリュー・ストリーム”を見つけることだ。そして,そのストリームを強化する,インターネットを使った新たなビジネス・モデルを構築する必要がある。ITはそのビジネス・モデルを人間の能力よりもずっと速く回転させることができる」。

 ここでマーチン氏がいう「バリュー・ストリーム」とは,「顧客に価値や満足をもたらすための一連のビジネス・プロセス」を指す。自動車メーカーなら,「顧客の発注を受けて,自動車を設計・製造し,顧客に届ける」までの一連のビジネス・プロセスをバリュー・ストリームと定義できる。顧客がどんな自動車を求めているのかを把握する段階から,顧客の手元に自動車が届くまで,いわゆる「エンド・ツー・エンド」でプロセスを捉えることに重点を置いている。

 マーチン氏によれば,一般的な企業には複数のバリュー・ストリームがある。その中でも,とりわけ競争優位をもたらすものを,「キラー・バリュー・ストリーム」と呼ぶ。企業の競争力の源泉となるキラー・バリュー・ストリームを見つけることが先決という。

 マーチン氏は,米国のある損害保険会社の例を挙げる。保険契約者が交通事故にあって車を破損した場合,「保険代理店からの知らせを受け,事故状況や車の損害状況などを調べ,保険代理店に保険金を送るまで」が一つのバリュー・ストリームになる。もし,「この一連のプロセスをインターネットとITによって短時間に実行できる保険会社があれば,保険代理店はこの会社の商品を選んで売るようになる。これがキラー・バリュー・ストリームだ」。

 マーチン氏は,「キラー・バリュー・ストリームを考えるのは,経営トップしかいない。経営トップ,企業の各事業部門の責任者が集まり,自由に議論を戦わせて考え抜く必要がある」と指摘する。「情報システム部門もITの知識を生かして,キラー・バリュー・ストリームを提案できる力があればこの議論に参加できるし,積極的に参加すべきだ。デジタル・ビジネスはIT抜きには考えられない」(マーチン氏)。

 マーチン氏がキラー・バリュー・ストリームの分析にこだわる理由として,ビジネス・プロセスが非常に複雑になってきたことがある。プロセスが複数の事業部やいろいろな組織の間にまたがっていることも多い。自社のビジネス・プロセス全体を整理することで,何が最も重要なプロセスで,どこに効率化の余地があるか,を見つけやすくなる。

 つまり,「キラー・バリュー・ストリームは企業のパフォーマンスを測定する良い指標にもなり得る」(マーチン氏)。顧客にきちんと満足を与えているかどうかといった,やや漠然とした問題にも,明確なアプローチを示すことができる。