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 コンピュータ関連の担当記者になって22年、その間に取材した経営者の中で最も印象に残っている人物を一人だけ挙げよ、と言われたら、筆者は大川功氏を選ぶと思う。大川氏はCSKの創業者であり、情報サービス会社として初の株式公開を成し遂げた人物である。一般にはゲーム大手、セガの会長として名前が知られているかもしれない。

 印象に残っている理由は「とにかく話が面白かったから」となるのだが、本欄は「先達から学ぶべき点」を書くところである。改めて今、振り返ってみると、いい意味の「大阪商人魂」こそが、大川氏から学ぶ点ではないかと思う。「金がすべて」ではもちろんないが、といって「赤字だけれど、いい仕事をしている」と胸を張るのもおかしい。どのような事業も商売なのだから、お客さんにしっかり対価を払ってもらわないといけないし、関係を切られるほど怒らせてはならない。当たり前だが、当たり前のことをするのはかえって難しい。

 大川氏の強烈な商人ぶりは、2001年3月19日に公開された「【大川功氏追悼特別記事】「人生すべて経営」をやり抜く」という記事を読んでいただければお分かりいただけよう。大川氏は3月16日に亡くなり、訃報を聞いた筆者は週末の休みにWeb記事として異様に長い追悼文を書いた。拙稿を二度売りするようで恐縮だが、「利益なき企業は罪悪」という大川氏の主張は重要であると考え、再度言及した。

 さらに2007年3月15日、「CSK創業者,大川功氏の七回忌に思う」という記事を書き、当初の追悼文に盛り込めなかった逸話を二つ追加した。そのうち、大川氏が「タッチパネルディスプレイを初めて触り,直ちにATMへの応用を思いつ」いた話を筆者は気にいっている。おそらく大川氏はこう考えた、銀行にはATMが多数設置されている、そこにタッチパネルディスプレイを売り込めば、いい商売になる、と。商人にとことん徹することで、かえって先を見通せる、という実例である。
 

(谷島 宣之=経営とITサイト編集長)