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 前回に続き,東京ビューティーセンター(TBC)で発生した個人情報の漏えい事件判決を取り上げます。今回のテーマは損害認定です。このシリーズの第1回でも説明したように,本事件は,大量の個人情報が漏えいした事件としては(注1),慰謝料金額が比較的高い事案と言えます。

 慰謝料を含めた認容金額をおさらいすると,

  • 13名 1人あたり3万5000円(慰謝料3万円,弁護士費用5000円)
  • 1名  2万2000円(慰謝料1万7000円,弁護士費用5000円)

となっています(地裁,高裁とも金額は同じ)。

 まず,3万5000円の認容額の根拠ですが,裁判所は以下のような事情を考慮しています。

・流出情報は,機微な個人情報に該当するとされる保健医療に関する個人情報そのものものではないが,氏名,住所等の基本的情報のみの場合と比較して,秘匿されるべき必要性が高い
・流出事故の態様が公開領域に情報を置き,アクセス制限の設定をしなかったという初歩的な過誤により流出し,その結果掲示板に掲載されて,性的興味の対象となった
・ファイル交換ソフトによって広範囲に流布し,被告がプロバイダに対する協力依頼や発信者情報開示請求訴訟を提起する措置を講じたにもかかわらず,完全にそれを回収することは困難な状況にある
・13名の原告らに対しては,本件流出情報をもとに迷惑メール,ダイレクトメール,いたずら電話がかけられたことが推認できる(二次被害が生じている)
・名目的な損害賠償を求めるものではなく,精神的苦痛を慰謝するために損害賠償を求めるものである

 これに対し,被告側に有利な事情として以下を認定しています。

・謝罪のメールを送信し,全国紙に謝罪の社告を掲載した
・データ被害流出被害対策室及びTBC顧客情報事故対策室を設置して,二次被害,二次流出の防止のための対策を検討

 以上の事情を総合考慮した結果,裁判所は3万円という慰謝料金額を導き出しています。

 なお,1名の慰謝料金額だけが1万7000円になっています。これは,二次流出,二次被害の主張立証がなく,本件流出事故に関してTBC側から3000円の支払いを受けたことから,減額されたものです。

 そもそも,慰謝料というのは,本人の精神的苦痛を“慰謝”するための金銭であり,本人の精神的苦痛に応じて金額が変わり得るものです。私自身,本事件の慰謝料金額は原告ごとに,もっとばらばらの金額になるのではないかと予想していました。被害弁護団のHPで公表されている判決文には,個別被害の一覧が省略されているため,各原告がどのような被害を受けていたのかは分かりません。このため確実なことは言えませんが,原告間でそれほど事情の違いは大きくなかったのかもしれません。

漏えい後の対応策で認定金額が変わる可能性も

 今回の判決で,他の同種事案と比較して被害金額が相対的に高い理由には,流出情報が要保護性の高いものであったこと,二次被害があったことが考えられます。

 流出情報の要保護性の高さについては地裁判決でも認定されていましたが,控訴審判決でも以下のように,秘匿すべき必要性の高い情報であることを強調しています。

個人識別情報のほかにエステティック固有の事情に関する情報は,全体として顧客が個人ごとに有する人格的な法的利益に密接なプライバシーに係るものといえ,控訴人のサービス業務に関係しない何人に対しても秘匿すべき必要が高く,また,顧客の合理的な期待としても強い法的保護に値するものというべきである。

 二次被害の点に関して言うと,Yahoo! BBにおける個人情報流出事件での認定事情,慰謝料認定額と比較してみると分かりやすいかと思います(注2)

  • 1審(大阪地裁): 金6000円(慰謝料5000円,弁護士費用1000円)
  • 2審(大阪高裁): 金5500円(慰謝料4500円,弁護士費用1000円)

 Yahoo! BB事件では,地裁判決と高裁判決で慰謝料認定額が異なりました。これは,高裁判決では,Yahoo! BBの運営会社であるソフトバンクBBが被害者に送付した500円の郵便振替支払通知書の郵送分を一部弁済として控除したためであり,基本的な慰謝料認定の基礎額は同じと考えられます。

 Yahoo! BB事件では,不正取得された個人情報が,恐喝未遂という犯罪に使用されたという点に特徴があります。そして,Yahoo! BB事件の地裁判決では,恐喝未遂の関係者に情報が提供された以外の二次流出があったとは認められず,原告(被害者側)の不安感はそれほど大きいものとは認められない,としています。また,「原告らの個人情報は秘匿されるべき必要性が必ずしも高いものではなかった」とも認定しています(Yahoo! BB事件で不正取得された個人情報は,住所,氏名,電話番号,メールアドレス,ID,申込日)。

 このあたりの漏えい情報の性質の違い,二次流出の有無に対する認定の違いが,慰謝料金額の認定に影響を与えているものと判断できます。

 最後に,TBC情報漏えい事件の慰謝料金額についての筆者の感想ですが,報道されていた事実から予想していた金額よりも低いと感じました。予想よりも金額が低くなった理由の一つは,二次被害の程度がそれほどでもなかったためかもしれません(前述のように判決文からは事情がよく分からないので断定できません)。あるいは,TBC側がプロバイダーに対して,情報流出に関係した発信者情報の開示請求訴訟の提起および保全処分の申立など,可能な限りの対応をとっていることを裁判所側が評価したのかもしれません。

 どのような漏えい情報が問題となっているのか,あるいは漏えい後どのような対応が実施されたのか。判決については損害額だけに注目するのではなく,こういった事情にも注目して,自社の参考にしていただくことが重要だと思います。

(注1)大量漏えい型でない漏えい事件ではより高い慰謝料金額が認定されたこともあります。少年事件の調書がWinnyウイルスに感染し漏えいした事案では,40万円が認容されています(札幌地裁平成17年4月28日判決。ただし,控訴審で北海道警等の過失責任が否定されたため,請求棄却されています)
(注2)大阪地裁平成18年5月19日判決および大阪高裁平成19年6月21日判決


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■北岡 弘章 (きたおか ひろあき)

【略歴】
 弁護士・弁理士。同志社大学法学部卒業,1997年弁護士登録,2004年弁理士登録。大阪弁護士会所属。企業法務,特にIT・知的財産権といった情報法に関連する業務を行う。最近では個人情報保護,プライバシーマーク取得のためのコンサルティング,営業秘密管理に関連する相談業務や,産学連携,技術系ベンチャーの支援も行っている。
 2001~2002年,堺市情報システムセキュリティ懇話会委員,2006年より大阪デジタルコンテンツビジネス創出協議会アドバイザー,情報ネットワーク法学会情報法研究部会「個人情報保護法研究会」所属。

【著書】
 「漏洩事件Q&Aに学ぶ 個人情報保護と対策 改訂版」(日経BP社),「人事部のための個人情報保護法」共著(労務行政研究所),「SEのための法律入門」(日経BP社)など。

【ホームページ】
 事務所のホームページ(http://www.i-law.jp/)の他に,ブログの「情報法考現学」(http://blog.i-law.jp/)も執筆中。