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 万田君はとてつもない新人でした。顧客のシステムのサポートで法外な条件を出してきた協力会社に対して、ドスをきかせた交渉術で見事、譲歩を引き出し、窮地にあった桜井君を救いました。その万田君の秘密が、今回明らかになります。ところで、北北工業を攻める内藤課長代理とりえぴーこと後藤さんのもとには、コンサルとして入った城南大学から嬉しい知らせが・・・でも・・・。


「いや、おみそれしたよ、マンちゃん。すごかったね」 
 居酒屋で万田君と遅い夕食をとっている桜井君は新人である後輩の度胸と交渉力に感服していました。

「いや、桜井先輩がええ線まで詰めてはったからですやん。僕はトドメを刺しただけですよ」
 万田君は焼き鳥をほおばりました。
「なんにせよ、入院中のSEを呼び出して作業を開始してくれるそうだから、良かった、良かった。でも、ああいう交渉はどこで習ったんだい?」
「そう言われても…都合の悪い本音を引き出し言質とって、ハンコ押させろっちゅうのは交渉の基本かと」
「だから、そういうのをどこで勉強したんだよ?」
「そんなん聞かれても…バイトでクレーム処理してたからかなあ」
「どんなバイト?」
「まあええですやん、いろんなバイトをちょっとずつ、ですわ」そう言ってお茶を濁す万田君でした。

 実は、万田君は営業研修で法律を学んで、学生時代に地元の大阪でやっていたバイトが合法であるかどうか自信がなくなっていたのです。
「それより先輩、法律は詳しいですか?」
「そりゃ、中田さんが営業は法律に明るくないと一人前じゃないって言ってるからね。一応勉強はしてるよ」
「ほんなら、こんな仕事についてどう思わはりまっか?」
 桜井君の話次第では辞表を書かなければならないかなと思う万田君でしたが、腹をくくって訥々と学生時代のバイトのことを「友人」のこととして話し始めました。

 りえぴーに城南大学から内定の知らせが来たのは、あのプレゼンの1週間後のことでした。
「ど、どうしましょう! 内藤さん!」
 取る物も取りあえず、二人は城南大学のキャンパスに急ぎました。そこで二人を待っていたのは、驚くべき提案を準備していた木梨特別研究員と漆原助手でした。

「え、いま…なんとおっしゃいましたか?」
「貴社が北北工業の案件を受注なさったのですが、条件があると申し上げたのです」りえぴーの質問に、そう木梨研究員が答えました。
「なぜ、城南大学さんが条件を?」
「いや、後藤さん。その条件というのをうかがおうよ。で、どのような条件なんですか?」
「内藤さんは話が早い。実は私はこういうものでして。いま城南大学に研究員として出向しておるわけです」
 木梨研究員が内ポケットから出したのは、ソフト開発会社の名刺でした。
「ええっ、あくまで中立の立場でって…」りえぴーと内藤課長代理は絶句しました。

「そうですよ、中立です。東南ソフトウェアは、どこのコンピュータ企業とも等距離でお付き合いする。そういう意味では中立です」
「それでどのような条件を…」戸惑いながらも条件を聞き出さないと話になりません。
「まず売り上げですが、当社を通していただきたい」
「な、なんですって?」
「その際15%のマージンをいただきたい。それから当社のSEを数名、プロジェクトに参加させること。これが御社に発注する条件です」
「ま、解せないようですから説明申し上げます」そう切り出したのは漆原助手でした。

「本学はマンモス大学ですから、一つの町です。それも購買傾向が読める特定の人間が数万人です。当然ながらここにビジネスが生まれます。それがこれ」
 そういって漆原助手も一枚の名刺を出しました。
「城南産業の漆原です」
 城南産業は、いわゆる学生生協の業務を一手に引き受けている会社でした。教科書から自動車学校の斡旋まで手がける表舞台に出ない優良企業です。

「城南大学は、そのすべてのビジネスにおいて城南産業を通すことになっています。紹介する自動車学校から手数料をもらうのと同じことではありませんか」
「…あなたたちの言う産学連携ってこういうことですか」ため息交じりに内藤課長代理が言いました。「大学の名前を使って金儲け、か」
「それのどこが悪いんです? 少子化で私学は生き残りが大変な時代です。いわば我々の経営努力じゃないですか。固いこと言わないで協力お願いしますよ」
「…ところで東南ソフトウェアさんというのは何名くらいの会社なんですか?」
「私を入れて18人かな。年商は1億5000万円くらい」
「生産管理のスキルは?」
「城南大のホストのオペレーター仕事ですから、ほとんどないです。今は2名、北北工業の財務システムの案件で、ジャパン電気に行って簿記の勉強から始めてます。そんな感じで御社にも入れてくださいよ」と木梨研究員が説明しました。

「…にわかに信じがたいですが。分かりました。では内示書か、なにかエビデンスをいただけますか。私は帰社して上席に説明しなければいけませんから」
「おお、分かっていただけましたか。では内示書の件は北北工業さんと検討してみましょう」
 木梨研究員と漆原助手がニヤリと笑い合うのを見て、『えっ 内藤さん。この裏取引に乗っちゃうの? マジ? チョー信じられない!』と思うりえぴーでした。

(イラスト:尾形まどか)

「話をまとめるとこういうことだね」
 3杯目の中ジョッキを空け桜井君はこう言いました。
「小中学生のいる家に、3カ月無料でパソコンの先生を派遣すると電話をかけてアポを取る。嫌なら4カ月目に断ればいいんだからお得だと言う。次に、君の友人が行って先生の派遣の前にテストをすると言って、テストをする。最後に試験の結果を持っていって、とてもひどいから教材を買ってもらわないと派遣できないとかなんとか言って、高価な教育ソフトとパソコンを売りつけると」
「これが面白いように売れまして」
「面白いように、じゃないよ、バカ」
「最後のほうはクレームの電話の嵐で、怒鳴り込んできた客と毎日けんか腰ですわ。引いたら負けですから」
「最初から勝負じゃないよ。詐欺みたいなことをやってて、なに言ってんだ。その友人って自分のことだろう」

「サギ、でっか」シュンとする万田君です。「ほんなら僕は犯罪者ですやん…もうこの会社もクビですやん…あーどないしょー」
「あ、待って。その会社は告訴されたりしたの?」
「いえ、やばくなったので休業を」
「そもそも君が経営してたの?」
「いえ僕はバイトしてただけですわ。働いてたのは社長と社員が1人。バイトが僕とツレの2人で合計4人」
「じゃ、心配することないよ。バイトだし法的には責任がない。だいたい、そのビジネスが詐欺としての立件されることはないだろうね」
「なんでですか?」
「詐欺というのは明らかに騙そうとしてたという立証が必要なんだよ。これを構成要素というんだ。大学生も雇ってることだし、家庭教師をしようとしていたと言えば、問題は起きない」
「よかった! 逮捕されないんですね! まだここで仕事できるんですね」万田君が一気に明るくなりました。

「もう、これだから関西人は」
「その関西人に助けてもろて、なに言うてはりますのん」
「それもそうだな、あはは。これからもよろしく頼むよ。ガメツイ関西人!」
「はい! ほなビールお代わりで! あと焼き鳥追加!」
 キツイ交渉をこなす万田君なのに、そんなことでビビっていたとは。社会人として勉強して知識を持てばすごい戦力になるだろうなと嬉しく思い、同時に自分も頑張らないと追い越されるぞと思う桜井君でした。しかし・・・そのガメツさに怒りが湧いてきました。
「おごりだからって、どれだけ食うんだよ。いいかげんにしやがれ」
「お、ナイスツッコミ。僕ら、ええコンビになれまっせ」

「ねえねえ、さっきの件どうするんですか、内藤さん」
 城南大学からの帰り道の足取りは、とても重いものになりました。
 まず15%のマージンということは値引きということ。原価にそんな余裕はありません。次に伝票を通すということ。紹介手数料ならば契約を結べばできないことはありませんが、全額通すとなると話は別です。
 コンプライアンスからみてどうなのか、6億円という金額を年商1億5000万円の東南ソフトに売り掛けることができるかどうか、与信調査が必要です。最大の難関は、東南ソフトのSEをプロジェクトに入れること。そんなの自社のSEが許すわけがない。どれもこれも無理難題なことに間違いはありませんでした。

今号のポイント:営業活動とコンプライアンス

 学生時代にちょっと危ないバイトをしていた人間ほど、営業としては使えるのは事実ですが、遵法精神のない人間は危険です。法律の勉強も大事ですが、基本的にやっていいことと悪いことの感覚をちゃんと持ちましょう。しかし、ビジネス社会ではルールの変更がF1並みに起こります。特に去年までよかったことが、今年からダメになることもしばしば。さらに、注意しなければいけないのは、世間のルールは変わってないけど、自社のルール(例えば商法上の扱いや定款、会計基準)が変わったことにうっかり気づかないことです。どこかの国の審判みたいに自社のためにルールを変えては、ビジネスじゃ通用しませんよ。

油野 達也
自らもトップ営業として活躍しながら、自社の営業担当者だけでなくパートナー企業の若手営業、SE転身組を長期にわたり預かる育成プログラムに尽力。ITコーディネータのインストラクター経験もあり。