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業界を問わず,生き残りを賭けた合併・統合に踏み切る企業が後を絶たない。こうしたなか,ITエンジニアたちには「手がけたシステムが消滅する」,「職場を失う」という不安が容赦なくのしかかっている。

イラスト 野村 タケオ

 2005年3月初め,JS社のオフィスに衝撃が走った。親会社であるJ銀行が,2年後をメドにK銀行と合併するという発表があったのだ。規模に勝るK銀行がJ銀行を飲み込む,事実上の吸収合併だった。「僕たちはどうなるんだ?」。メンバーたちは,口々に言い合った。

 なかでも,Y君(27歳)の動揺ぶりはひどかった。「来月,結婚式を控えているっていうのに,なんてこった…」。混乱し,仕事が手に付かない。いてもたってもいられず,B部長の席に行った。

 「我々は,一体どうなってしまうんでしょうか。K銀行のシステム関連会社に吸収されるんですか?」。Y君は,B部長にいきなり尋ねた。B部長は,読んでいた書類から目を上げて「私もまだ分からないが,そう考えるのが自然だろうな。ただ,そうでない可能性も十分ある。当社がJ銀行の傘下を離れて,完全に独立するという選択肢だ」と率直に答えた。

 「冗談じゃない」。Y君が声を荒げた。「僕たちは,親会社から切り捨てられるってことですか?」。Y君の頭には,婚約者の顔が浮かんでいた。

安定を重視して就職

 大学で法律を専攻したY君は2000年,生まれ育った町に戻って地元のJ銀行に就職した。周囲には,ITやベンチャー企業に就職する友人も多かったが,Y君は将来の安定性を重視して就職先を決めた。「銀行は,そう簡単につぶれることがないから安心だ」と考えたのである。

 新人研修後,Y君が配属されたのは,システム部門だった。「自分は文系出身だから,営業部門だろう」と思い込んでいたY君は戸惑った。だが配属初日,当時は課長だったB氏から「システムの要件や仕様を見れば,企業の業務を理解できる。これからの金融パーソンにとって,IT知識は不可欠だ」と励まされて,気を取り直した。

 幸い,全く専門知識のない業務に放り込まれたことが,Y君の負けず嫌いな性格に火をつけた。自分に足りないIT知識を身に付けるため,社内外の研修に進んで参加した。経験を積むため,納期が厳しい開発案件にも積極的に志願した。そんなY君を,上司や先輩たちはかわいがった。このため,Y君は短期間で開発・設計業務になじめた。それに伴い,ITエンジニアの仕事にやりがいを感じるようになった。

 ところが2002年1月,Y君にまたもや予想外の出来事が起きた。業務のスリム化を目指すJ銀行が,システム部門を分社化したのだ。この時,設立されたのがJS社である。Y君を含む45人のシステム担当者に,同社に出向するよう辞令が出た。Y君は,「金融機関に就職したはずが,気が付いたらIT企業のエンジニアか…」と,社会の現実をひしひしと感じた。

 それから3年。Y君は,日々の業務を淡々とこなしていた。JS社の最大の顧客は,当然ながらJ銀行である。売り上げの90%以上を,同行から受注した運用保守サービスから得ている。新規の開発案件はほとんどない。以前に比べて,システムを作り上げる醍醐味や,新しい技術に触れる面白みはなくなったが,「まあ,銀行のシステム業務を担当している限り,食いっぱぐれることはないから」と割り切っていた。

企業に“永遠”はない

 そこへ,合併話が降って湧いた。Y君は,B部長を前に半ば取り乱していた。「銀行に就職したっていうのに,配属は全く畑違いのシステム部門。やっと慣れたと思ったら外に放り出され,しまいにはリストラですよ」。B部長が「まだ,そうと決まったわけではない」となだめたが,Y君は「いいえ,決まってます。合併後のシステムは,K銀行側に“片寄せ”するでしょう。J銀行のシステムは廃止だ。僕たちはお払い箱ってことです」と言い張った。

 B部長は,「とにかく,落ち着きなさい」とY君を制してから,「金融再編が進むなか,合併は経営陣にとって苦渋の決断だったと思うよ」と言った。Y君は,「でも,J銀行は不良債権はないし,営業基盤も盤石じゃないですか」と言い返した。B部長は首をかしげ,Y君を見つめた。「そんなのんきなことを言っている場合じゃない。メガバンクが地方に攻め込みつつあることは,君だって知っているだろう」。Y君は一瞬,言葉に詰まったが「だからって,僕らに路頭に迷えって言うんですか?」と食って掛かった。

 「君の気持ちはよく分かる。私だって,不安が全くないといったら嘘になる。だが,状況を嘆くばかりではラチがあかない。こういう時こそ,『自分は何をすべきか』を考えよう」。B部長は,書類を脇にどけてY君と正対した。Y君は,「でも,今後の状況がはっきりしなければ,どうしようもないですよ」と投げやりに答えた。

 B部長は,辛抱強く続けた。「2年先の合併までに専門性や技術力を磨いて,自分の市場価値を高めるんだよ。どこでも通用する実力を身に付けるんだ」。しかし,Y君はかたくなだった。「そうは言ってもこのご時世,転職は難しいですよ」と皮肉っぽく言い,「とにかく,会社が将来を保障してくれなければ,仕事をする気になれません」と言い切った。

 とうとう,B部長が一喝した。「甘ったれるんじゃない!」。Y君がビクッとすると,B部長は再び元の声で「もはや,どんな企業にも“絶対”はない。ずっと同じ環境で働ける時代はとっくに過ぎたんだ。ITエンジニアに限らず,会社にぶらさがっているだけの人材はいずれ淘汰される」と諭した。

 Y君はまだ納得していないようだったが,しぶしぶ引き下がった。B部長は,「仕事はできるんだが,組織への依存心が強すぎる」とY君の今後を憂いながら,書類の査読に戻った。

今回の教訓
・今や,5年先すら予想できない。世の動静に気を配れ
・状況を直視して,変化を受け入れよ
・技術力と人間力を伸ばして生き残れ

岩井 孝夫 クレストコンサルティング
1964年,中央大学商学部卒。コンピュータ・メーカーを経て89年にクレストコンサルティングを設立。現在,代表取締役社長。経営や業務とかい離しない情報システムを構築するためのコンサルティングを担当。takao.iwai@crest-con.co.jp