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ITエンジニアは時に,ユーザーから激しい突き上げを食らうことがある。無理な要求や自分勝手なクレームにへきえきし,ユーザーとの接触を嫌うITエンジニアもいる。だが,システムの提供側と利用側の対立が行き着く先は,「使われないシステム」。共倒れでしかない。

イラスト 野村 タケオ

 5月の連休明けのこと。電子部品の製造メーカーA社のシステム部門に務めるY君(24歳)は,上司のC課長と一緒に昼食をとっていた。

 「しかし,ユーザーっていうのはわがままですよね」。Y君は,出し抜けにこう言ってC課長を驚かせた。「『お仕着せのシステムばかり作っていないで,現場の意見をもっと尊重しろ』なんて見当違いのことを平気で言うんですから。現場を支援するために,休日も返上してシステムを動かしているのは誰だと思っているんだ」。

 C課長は,まだ若いY君から思わぬ愚痴を聞き,「おいおい,穏やかじゃないな。いったいどうしたんだ?」と尋ねた。すると,Y君は「同期の連中に,『システム部門は分かってない』とつるし上げられたんですよ」と言って,週末の“事件”を話し始めた。

同期から責められる

 前週の金曜日,Y君とともに2004年に入社した仲間が,会社近くの居酒屋に集まった。久しぶりの同期会は,それぞれの仕事や職場での出来事などを肴に,大いに盛り上がった。だが,営業部のS君がY君の隣に割り込んできたところから,状況が一変した。

 S君はY君の横に座るなり,「おい,システム部はどうなっているんだ」と言い出した。「3月末,システム部に帳票出力を頼んだが,『自分でやってくれ』と軽くあしらわれた」。Y君は,「毎月,販売実績データを出力して渡しているじゃないか」ときょとんとした。S君は,「月次の集計データだろ? あれでは大雑把すぎるんだよ。過去3年間の顧客別データが必要だったんだ」と顔をしかめた。S君は負けじと,「定型以外の帳票は,自分たちで作るルールだろう。そのために,データベースやツールを用意してある」と言い返した。

 すると,S君はあごを突き出してこう言った。「ああ,その時に話した担当者も同じことを言っていた。でも,やり方が分からないし,急いでいたんだ。こっちはシステムの素人なんだから,助けてくれたっていいじゃないか」。Y君は,あわてて3月末の職場の状況を思い出し,「あのころは年度末の締め作業で,超多忙だったんだ。その担当者は,安請け合いしてもとても対応できないと思ったんだろう」と弁明した。

ユーザーの言い分にキレる

 そこに,設計部のT君が割って入った。「うちの先輩も,『システム部の連中は,融通が利かないやつばかりだ』って言ってたぜ。去年,管理会計システムを再構築した時,設計部が仕様変更を依頼しても頑として応じてくれなかったそうじゃないか」。Y君は即座にT君の方に向き直り,「仕様変更は,時間もコストもかかるんだよ」と説明した。だが,T君は「現場の事情も知らずに,お仕着せのシステムばかり作ってもらっては困るよ」と聞く耳を持たなかった。Y君は「やれやれ,参ったな」と苦笑いしながら周囲を見回したが,他の仲間もY君を冷ややかに見ていた。

 仲間からの集中砲火にY君は一瞬たじろいだが,だんだん腹が立ってきた。思わず,「システム部ばかり責めないでくれよ。ユーザーの中には,自分がいい加減なデータを入力しておいて,『結果がおかしい』と怒鳴り込んでくるような人もいるんだぜ。君たちのわがままに,いちいち付き合っていられないよ」と言って,ビールをあおった。皆の目は変わらず冷たかった。誰かが言った。「それがシステム部門の仕事だろ。ユーザーのせいにするなよ」。Y君は,怒りで何も言えなかった。

 重苦しい空気の中,その場はお開きになった。その後,皆は2次会へと向かったが,Y君は1人で駅に向かった。なんとも後味が悪かった。

ニーズを拾う機会を逸する

 C課長は,Y君の話を聞くと声を出して笑った。Y君が「笑い事じゃないです」とむっとすると,C課長は「ごめんごめん。自分の若いころを思い出したもんだから。私も,同期の仲間とよくやり合ったものだ」と言ってせき払いした。Y君は,「C課長もそんなことがあったんですか」と言って身を乗り出した。C課長はそれには答えず,「君はいい経験をしたよ。現場の率直な意見を聞けたんだから」とほほ笑んだ。

 Y君は憮然として,「意見なんてもんじゃない。一方的な因縁ですよ」と肩をすくめた。C課長は「それぞれ,自分たちの立場があるからね」となだめたが,Y君は「Cさんはそうおっしゃいますが,システム部の苦労も知らずに勝手なことばかり言う連中とは,もう付き合いたくないです」と言い切った。

 その途端,C課長の表情が険しくなった。「Y君,ユーザーとの間に垣根を作ってはいけない」。さらに,「ユーザーからの批判に耳を傾けることで,ニーズが見えてくる。現場の状況を理解することは,ITエンジニアにとっては不可欠なことだ」と続けた。

 Y君が噛み付いた。「ユーザーの要求がいくら理不尽でも,言いなりになれって言うんですか?」。C課長は,気色ばむY君を両手で制した。「そうじゃない。もちろん,こちらの思いや事情を伝えていくことは欠かせない。だが,ユーザーの不満を受け止めながら,本音を言い合える関係を築かなければ,それもできないだろう?」。

 しばし沈黙が流れた。C課長の言うことが正しいことは,まだ経験が少ないY君にも分かった。C課長は席を立つ前に,「システム部門の仕事にもっと誇りを持とう。我々がいなければ,会社は機能しないんだからね」と言い添えた。Y君は,神妙にうなずいた。

 オフィスに戻る途中,C課長が言った。「同期は,部門を超えて本音を話せる最も身近なユーザーだよ。大切にしておけ」。Y君は,すっきりした表情で「次の同期会の幹事は,僕が引き受けようと思います」と答えた。

今回の教訓
・クレームがあってこそ,ニーズが顕在化する
・目的や狙いを共有することで,ユーザーと歩み寄れ
・同期は本音を語ってくれる大切な情報源だ


岩井 孝夫 クレストコンサルティング
1964年,中央大学商学部卒。コンピュータ・メーカーを経て89年にクレストコンサルティングを設立。現在,代表取締役社長。経営や業務とかい離しない情報システムを構築するためのコンサルティングを担当。takao.iwai@crest-con.co.jp