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 「企業の弱体化は、データ品質の劣化から始まる。本来、企業にとって大事なのはデータ。だが、データの現状に目を向ける企業は少ない。データを扱う情報システムの機能に気を取られてばかりいる」。情報システム総研の繁野社長はこう苦言を呈する。

 品質の劣化したデータは、新システムに移行させる場合も同様に悪影響を与える。

 データ総研の堀越取締役は「旧システムのデータ品質が低く、『データ・クレンジング』に手間取り、結局新システムの稼働を遅らせたというケースは珍しくない」と語る。データ・クレンジングとは、データの表記を統一したり、文脈上容易に推察できる間違いなどを修正してデータの品質を高める処理のことだ。

 事業の実態が正確に把握できなくなるので、経営判断を誤ることがある。事業の動きがデータとして正確に表れていないのだから、当然のことである。不完全な顧客データによる販促活動やサポート・サービスは、顧客満足度の低下につながりかねない。

 社内の事務作業も煩雑になる。データを現場で入力し直したり、意味を解釈し直したりしてデータを使わざるを得なくなる。結果、業務の効率は下がってしまう。

 誤ったデータは、時と場合によっては人命を左右する恐れもある。国立成育医療センターでは現在も操作性に問題のある電子カルテ・システムを使い続けている。患者のアレルギー情報を入力する際、「有」と「無」を同時に選べてしまう(図1)。

図1●データ品質の劣化を誘発しやすいGUIの例(国立成育医療センターの電子カルテ・システム)
図1●データ品質の劣化を誘発しやすいGUIの例(国立成育医療センターの電子カルテ・システム)
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 05年に医療情報システムの専門家として同センターに赴任した山野辺裕二医療情報室長は、次のように嘆く。「ユーザー・インタフェースの作り方に一貫性がない。正確なデータ入力が保証されてないのだから、生産性の向上どころか医療事故にもつながりかねない」

 この電子カルテ・システムは02年に同センターが設立したのと同時に導入したもの。現在は、操作に気をつけることで何とか入力ミスを防いでいるという。同センターは来年春にシステムを刷新する予定だが、山野辺室長は「データの入力ミスを妨げる画面の仕様に改める」と語る。

データ品質の向上なくして経営なし

 そもそも、データの品質は時間の経過とともに必ず劣化する。それは日々業務で発生するデータだけではない。企業の製品や顧客、組織の基本情報を登録した、企業の根幹をなすマスターデータも同様である。

 「マスターデータはシステム構築時は最適な形でも、事業の展開とともに、次第に整合性がとれなくなりやすい」とINAXの坪井祐司取締役上席執行役員は言う。企業はシステム拡張時に、統合マスターデータの一部を取り出し、拡張したサブシステムごとにマスターデータを用意することが少なくない。ネットワーク帯域が十分でなかったり、個別の要求に応じてサブシステムごとにマスターをカスタマイズする必要があったりと、統合マスターデータの存在がむしろ邪魔になることがあるからだ。

 だが個別システムごとにメンテナンスし続けると、マスターデータ同士の整合性が取れなくなる。こうした事態になることを懸念して、INAXはマスターデータの再整備に着手している最中という。

 分かってはいても、ほとんどの企業ではデータ品質の劣化を阻むことができていない。しかもデータ品質の問題を解決する特効薬はない。まずは品質維持・向上を考慮したシステムに少しずつ変えていくことだ。情報システムだけではなく、業務手順や組織体制も見直していく。

 施策を実現するに当たっては、情報システム部門、あるいは特定の業務部門だけといった対応では困難だ。「経営層がデータのあり方に対する意識を高める」(テックバイザージェイピーの栗原氏)ことも必要である。

 包括的な取り組みによって初めて、データは情報(Information)、そして知識(Intelligence)、知恵(Wisdom)へと進化し得る(図2)。次回からは、データ品質の維持向上に取り組む企業の実態を探る。

図2●これからの企業に望まれる,データ品質向上のための考え方
図2●これからの企業に望まれる,データ品質向上のための考え方