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 「こんなファックスが編集部に来てるけど、日本の基準値は正しいって反論するんでしょうかね」。2007年10月17日夕刻、日本肥満学会から突然送られてきたFAXをひらひらさせながらS記者がやってきた。見れば、「日本肥満学会 緊急メッセージの発表のご案内」とあるではないか。

 FAXによれば、何でも、2005年に8学会合同でメタボリックシンドロームの診断基準を作成し、2年余りが経過したが、診断基準の作成の目的や経緯、各基準値設定の根拠などについて十分な理解が得られていないと思われるので、その趣旨を説明する機会を設けたのだそうだ。ちょうど東京で同学会が開催される日だ。学会に取材に行く予定はなかったけど、同じ会場で行われる緊急記者会見は何だか面白そうだったので、私ものぞいてみることにした。

 それにしても、メタボリックシンドローム(通称メタボ)とは何か、その定義や診断の意義についてちゃんと理解している人って、日本にはどれくらいいるのだろう。メタボリックシンドロームという言葉は本来医学用語なわけだが、いまや小学生でも知っているくらい、その名前は広く知れ渡っている。ただ、「メタボな人」と言えば、「太っている人」をイメージするように、どちらかというと肥満の代名詞のように使われていることが多いように思う。

 メタボに対する社会的関心が高いのは、生活習慣病の予防といった目的からみれば、喜ばしいことには違いない。しかし一方で、日本人のメタボへの関心は、もっぱら「腹部肥満」というか、「ウエストのサイズ」にばかり向いてしまっているように見えるのはいかがなものか。実際、記者会見の会場で出る質問はどれもこれも、診断基準の中でも、“男性に厳しく女性に甘い、日本の腹囲の基準値の妥当性”に集中していた。

 そもそもメタボリックシンドロームとは、内臓脂肪の蓄積(腹部肥満)をベースに、脂質異常や高血糖、高血圧などが“複数重なった”状態と定義されている。複数重なることが問題なのは、それにより動脈硬化の進行が一気に加速するためだ。たとえ血圧や血糖といった個々の検査値の異常は軽度であっても、それらが複数重なればリスクは上昇する。つまり、メタボな状態を放置しておけば、脳梗塞や心筋梗塞などの心血管病へと進んでいく恐れが高いというわけだ。

 また、こうしたメタボにおけるリスクの重複は偶発的なものではなく、肥満、特に内臓脂肪の蓄積が源にあると考えられている。そこで、心血管病の予防という最終目標に向けて、内臓脂肪の蓄積がありリスクの高い人を効率よく拾うための診断基準をつくった。「そこのところをよく理解して欲しい」と学会は訴えた。内臓脂肪の蓄積には食事や運動などの生活習慣が関係しているので、それらを改善することで、内臓脂肪は減らせる。そうすれば、複数のリスクも効率よく改善できるし、ひいては心血管病のリスクも減る。だから、メタボな人は頑張って、少しでもウエストを減らすように努力してほしいというのだ。

 診断基準では、内臓脂肪の蓄積を評価する目安として、手軽で分かりやすいウエスト周囲径を用い、基準値を「男性85センチ以上、女性90センチ以上」としたことがメタボ論争を招いてしまった。確かに、「なんで日本だけ、女性の方が男性より基準値が大きいのか」「男性の85センチ以上は厳しすぎる」というのは率直な意見だろう。でも学会の説明によれば、これは現時点でのエビデンスに基づいた値であり、根拠となるデータはある。それに男性と女性では心血管病の発症リスクは年齢によっても違うし、肥満超大国の米国と日本の基準値を同じ土俵では語れないといった側面もある気がする。

 男性の基準値があと何センチゆるくなれば(あるいは女性の基準値が何センチ厳しくなれば)、みんなが納得するのか分からないけど、腹部肥満に気をつけなければならない理由にも、もっと目を向けてもいいのではないだろうか。来年4月からは、メタボリックシンドローム対策を柱にすえた特定健診・特定保健指導が40歳以上74歳までの約5400万人もの人を対象に始まる。受診者は、新たに加わった腹囲の測定も受けることになるわけだが、さてメタボ論争の行く先はどうなるのか…。見守りたいところだ。

瀬川 博子(せがわ ひろこ)
1982年国際基督教大学教養学部理学科卒。日本ロシュ研究所(現・中外製薬鎌倉研究所)勤務を経て、88年日経BP社に入社。雑誌「日経メディカル」編集部で長年にわたり、医学・医療分野、特に臨床記事の取材・執筆や編集を手がける。現在は日経メディカル開発編集長として、製薬企業の広報誌など医師向けの各種媒体の企画・編集を担当。NEDO(新エネルギー・産業技術総合開発機構)技術委員。