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 先日,筆者が公認会計士として顧問を務める企業から,新しい工場を建てるので,その設備投資が妥当かどうか検討してもらいたい,という依頼を受けました。

 筆者が制作した『原価計算工房』の機能を使うまでもない,ということで,手計算でキャッシュフロー計算書を作成し,そこからフリーキャッシュフローを求める作業を行ないました。一般に,設備投資を行なうにあたっては「フリーキャッシュフローの範囲内で行なえ」という金言があります。今回の設備投資案件が,この金言に沿っているかどうかの検証です。

 今回は「実務重視」を標榜する筆者としては「ちょっと失敗したな」と思うところがあり,気分が多少へこんでいるので,順序立ててお話しすることにしましょう。

営業活動キャッシュフローとフリーキャッシュフローは必ずしも一致しない

 フリーキャッシュフローとは,経営者が自由に使える資金をいいます。その源泉のほとんどは,キャッシュフロー計算書のうち,一番上に記載された「(1)営業活動によるキャッシュフロー」が占めます(表1)。これ以降,(1)を「営業活動キャッシュフロー」と称します。

表1●キャッシュフロー計算書の3態様

(1) 営業活動によるキャッシュフロー
(2) 投資活動によるキャッシュフロー
(3) 財務活動によるキャッシュフロー

 経営者は,営業活動キャッシュフローの中から設備投資などの案件を決定したり,配当金として株主へ還元したりします。もちろん,外部へ一切流出させずに,企業内部に貯め込むことも経営者が自由に決められます。

 注意したいのは,営業活動キャッシュフローとフリーキャッシュフローは,必ずしも一致しないことです。両者の金額が一致しないのは,企業が稼いだ営業活動キャッシュフローの中に,どうしても支出を避けられない設備投資があるからです。これを「不可避のキャッシュアウトフロー」といいます。

 フリーキャッシュフローは,不可避のキャッシュアウトフローの分だけ,営業活動キャッシュフローよりも常に少なくなります。

 読者にとって身近な例をあげれば,自家用車の購入費用と,その維持費用があります。

 例えば,年収500万円のサラリーマンにとって,年間に要する生活資金を300万円とするならば,差し引き200万円(=500万円-300万円)が,その人にとっての営業活動キャッシュフローに相当します。200万円をどのように使うか,その意思決定は彼の自由です。自家用車を購入するのも自由ですし,マンションの頭金とするのも彼の勝手です。貯蓄するのもいいでしょう。したがって,この年の200万円は,営業活動キャッシュフローであるとともに,フリーキャッシュフローでもあります。

 その年の暮れに,数ある選択肢の中で,彼は150万円の車を購入することにしたとしましょう。

 ここで問題となるのは,いったん車を購入したら,その直後からガソリン代や車検費用など車を維持するための費用(キャッシュアウトフロー)を避けることができなくなる点です。ガソリン代などを含めた年間の維持費用に50万円を要するとし,翌年の年収も500万円(そのうち生活資金も300万円で変わらず)とするならば,差し引き200万円は相変わらず営業活動キャッシュフローになりますが,フリーキャッシュフローは150万円(=200万円-50万円)に減ります。

 以上の説明から,営業活動キャッシュフローと,フリー-キャッシュフローとの間には,次の関係式が成り立つことになります(表2)。

表2●フリーキャッシュフローの求めかた

(フリーキャッシュフロー)
=(営業活動キャッシュフロー)-(不可避のキャッシュアウトフロー)

 フリーキャッシュフローは,キャッシュフローを扱った書籍のほとんどで言及されるほどポピュラーなものです。

 表2の右辺第2項の内容に若干の違いがあるものの,キャッシュフローを扱うほとんどの書籍では,右辺第1項にある営業活動キャッシュフローをベースにしてフリーキャッシュフローを求めることとしています。

 ところが,冒頭で紹介した顧問先企業の設備投資案件で表2の式に基づいて,フリーキャッシュフローをササッと求めようとしたところ,とんでもない誤りであることがわかりました。新工場建設というプロジェクトにともなって必然的に発生する「設備投資」「資金調達」というキャッシュフローが,フリーキャッシュフローに与える影響を考慮していなかったのです。

 表2の式は,フリーキャッシュフローの概念を理解する上では役に立つものです。しかし,この式に基づいてプロジェクトのフリーキャッシュフローを求めようとするのは,実務家としては手抜きと言わざるを得ません。フリーキャッシュフローを正しく求めようとするならば,拙著『ほんとうにわかる管理会計&戦略会計』581ページの考えかたに戻って,やはり,愚直なまでに取り組まないとダメだということです。危うく大失態を犯すところでした。

 報告書を提出する前夜に誤りに気づき,その日は徹夜の作業。朝焼けを見ながら,実務の第一線に足を踏み入れて検証作業を行なうことが「なにものにも優るなぁ」と痛感しました。

 この一件で懲りたので,キャッシュフロー計算書とファイナンス理論を簡単にまとめた入門書を書き上げ,2008年1月に出版することにしました。


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■高田 直芳 (たかだ なおよし)

【略歴】
 公認会計士。某都市銀行から某監査法人を経て,現在,栃木県小山市で高田公認会計士税理士事務所と,CPA Factory Co.,Ltd.を経営。

【著書】
 「明快!経営分析バイブル」(講談社),「連結キャッシュフロー会計・最短マスターマニュアル」「株式公開・最短実現マニュアル」(共に明日香出版社),「[決定版]ほんとうにわかる経営分析」「[決定版]ほんとうにわかる管理会計&戦略会計」(共にPHP研究所)など。

【ホームページ】
事務所のホームページ「麦わら坊の会計雑学講座」
http://www2s.biglobe.ne.jp/~njtakada/